英雄が残すもの

 

2019年7月30日

ディープインパクトが死んだ。

 

無敗で3冠レースを制し

飛ぶように駆け抜けた同馬だったが

その寿命は決して長いとも

短いとも言えない生涯だった。

 

同馬の訃報を知ったときの僕は

バイトが一段落したところで

その情報も腐れ縁のAに

雑談で知らされたものだった。

 

「はしくれ、知らなかったの!?」

と驚いた口調で言ったAが

僕の競馬好きのアイデンティティーを

何より物語っているようだった。

 

ディープインパクト。

 

僕はこういう馬を上手く扱えない。

 

「扱う」というのは人としてでなく

あくまでファン心理としてのものだが

あまりに光過ぎた英雄には

自分を重ねることが出来ないのだ。

 

菊花賞でアドマイヤジャパンを捉え

易々と突き放した直線では

何か予定調和的な強さを

ただただ唖然と眺めるだけだった。

 

これが本当に現実なのかと

そこに入り込めずにいる感覚。

まるで水槽の中の魚のように

伸ばした手が触れることがない世界で。

 

17年4か月の生涯が

37歳の僕に残したもの。

それは一体何であるだろうと

少し心を揺さぶってみた。

 

「はしくれ、知らなかったの!?」

 

Aの声が蘇る。

そうだ。

僕はこの馬が活躍した

若駒ステークスを知らなかった。

 

弥生賞では2歳チャンピオンだった

マイネルレコルトを応援していた。

皐月賞ではシックスセンスを

日本ダービーではシャドウゲイトを・・・。

 

この世代は決してディープインパクト

一強の世代とは言い切れなかった。

 

シックスセンスは京都記念を

シャドウゲイトは海外で優勝した。

ライバルが強さを見せられないほど

異次元の光を放っていた。

 

だからだろうか。

有馬記念でハーツクライが同馬を破ったとき

誰もが信じられないという顔で

ターフヴィジョンを見つめていた。

 

僕はまた水槽に手を伸ばして

触れられない魚を見つめていた。

でも今度は何か今までとは違って

ぬくもりを感じられた。

 

これは、命だ。と。

 

予定調和の踊り子ではない

脈に血を通わせている生き物。

ディープインパクトを競走馬だと

初めて感じられた瞬間だった。

 

自分より仕事ができる人には

畏敬の念を抱いてしまうもの。

そうして何もできない自分にいつも

ひとつひとつ落胆するのだ。

 

そんなとき尊敬するその人が

ふっととぼけたミスをしてしまうとき

完璧でありつづけることよりも

心を近づけられるような気がする。

 

ディープインパクトにも隙はあったのだ。

それをハーツクライが教えてくれた。

それは競走馬の「心の叫び」を

見る側に届けているようだった。

 

僕たちはモノじゃない。

ましてや名前だけじゃない。

命なんだと。

 

生きている。

記憶も過去も。

そして未来も。

残された者たちに。

 

そして出会いは巡り

英雄は僕に希望をひとつ残してくれた。

それがディープインパクトの仔である

GⅠ馬サトノダイヤモンドだ。

 

現役時代、小柄な馬格だった

父の姿とは似ても似つかず

堂々たる馬格を誇ったのが

このサトノダイヤモンドだった。

 

海外遠征をきっかけにして

最後まで馬体は戻らなかったが

父が3歳時唯一敗れている

有馬記念を同歳で勝ってくれた。

 

このサトノダイヤモンドが父になって

物語はまだ終わることを知らない。

血の通ったドラマが水槽ではなく

ターフの上にまた広がるのだ。

 

記憶は時に人を苦しめるが

この物語は僕には宝物だ。

勝ったことも負けたことも含めて

忘れる日はきっと来ないことだろう。

 

そうして今感慨に耽る僕には

Aの声がこだましてきて

「はしくれ、知らなかったの!?」

と僕のアイデンティティーを確かめる。

 

そうだ。

いつでも僕の人生には

英雄と呼べる名馬がいた。

 

そのことは誰に言わなくても自分が

知っていれば良いことなのだから・・・

 

この物語が僕の宝物だなんて

あいつには秘密にしておこう。

 

*名馬の馬体を知る

「シークレットオブパドック」