登場人物紹介
上山 匠(かみやま たくみ)
当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る
三条 結衣(さんじょう ゆい)
匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う
北見 圭(きたみ けい)
愛の彼氏。24歳。競馬場でよく絶叫している
岩見沢 愛(いわみさわ あい)
圭の彼女。21歳。圭のお目付け役
前回までのあらすじ
結衣と愛が席を離れたあいだ、挑発的な態度で迫る圭。
匠は真意を知って落ち着くと、わだかまりなく打ち解けるのでした…
目次
競馬小説「アーサーの奇跡」第81話
第81話 勝利の女神
「それじゃあな…!」
別れ際の匠に、圭がニヤリとしながら振り向くと、圭と愛は腕を組んでそのまま、発券機の方へ歩いて行った。
「圭さんたち、いいカップルでしたね。最初のうちは何だこの人って、ちょっとびっくりする感じでしたが…」
別れたあと結衣と話しつつ、匠はスタンドの外へ出ていた。
「そうですね…。わたしも最初の日に、いきなり今度デートに行こうって、愛ちゃんがお手洗いに行ったとき、口説かれちゃって、驚いちゃいました…」
結衣のその声を聞き匠は
「はあ!?なんです?なんなんです、あの人!おれだってそんな誘えてないのに…!」
本音がつい、漏れ出てしまった。
「あ…」
匠がそれに気がついたため、耳を真っ赤にしながらうつむくと、結衣もうつむき、顔を真っ赤にして、匠の歩調に合わせるのだった。
「(まずいまずい、何言ってるんだおれ…)」
匠がそう顔をしかめると
「…またこうして…誘ってもらえますか…?」
結衣が匠を見てつぶやいた。
二人が歩くスタンドの外には、日本庭園が整備されていて、パドックの奥で涼を取る人や、池を見る人が談笑していた。
匠はとっさに
「はい…」
と答えて、頬を赤らめる結衣を見つめると、青い葉擦れの音が聞こえてきて、風がざわめきを舞いあげて行った。
「(ああ、今だ…。今告白をしよう…。おれと付き合ってくれませんかって…)」
結衣の真っすぐな瞳を見て、匠が
「あの、おれと…」
と切り出すと
「―スタートしました~!」
と後ろから、立ち見モニターの爆音が漏れた。
「(おわあ…!)」
匠がずっこけていると
「あの、おれと…?」
と結衣が覗き込んで、匠はとっさに視界に入った
「あの馬車に乗りません…!?」
と指さした。
結衣の背中の向こうでは大きな馬が大きな客車を引っ張って、何やら係りの人が声を上げ、呼びかけているのが匠に見えた。
「(ああ、おれは…全然、だめだよなあ…)」
指をさしながらうなだれていると
「素敵です…!」
結衣の弾む声がして、匠はゆっくり、視線を見上げた。
「行きましょう…?」
結衣が軽く手を取って、馬車の方へと匠を促すと
「あ、はい…」
匠は耳を赤くして、誘われるままに歩き出していた。
「初めてです、ああいう馬車に乗るの…!」
結衣は両手を胸にしまって、瞳をきらきらと輝かせると、嬉しそうに声を弾ませながら、馬車の方へ向かって歩いていた。
「(…良かった。偶然ではあったけど、結衣さん喜んでくれたみたいで…)」
二人はその馬車に乗り込むと、隣り合い、風に身を任せていた。
「(はあ…なんだか…。恋人みたいだなあ…。さっきからずっといい匂いするし…。結衣さんが隣に居るだけで、こんなに嬉しく感じるんだから…)」
匠は改めて頷くと
「(しっかりダービー後に勝負するぞ…!)」
馬車を降りながら思っていた。
「なんだかお姫さまの気分でした…」
そう微笑む結衣の表情に
「良かったです…。じゃあ、おれはなんだろう…」
うつむいて、匠がつぶやいた。
「…」
そんな匠を見つめ、黙っている結衣に気づき匠は
「―…?」
ふと顔を見上げると
「内緒です…!」
結衣が微笑んで言った。
それから結衣は匠の前に出て、少しだけ距離を取って振り向くと
「匠さん、そろそろダービーですね…!」
きらきらと輝く目で言った。
匠はドキンと胸が高鳴って、ときめく声にコクリと頷くと、雲間から射す光に包まれた、勝利の女神に身を焦がしていた。
次回予告
垂れ込める暗雲を見つめながら、天気急変を懸念する匠。
結衣の行動に、思わず匠は言葉を失ってしまうのでした…
はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり