競馬小説「アーサーの奇跡」第60話 真空を裂いて

登場人物紹介

上山 匠(かみやま たくみ)

当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る

上山 善男(かみやま よしお)

匠の父。53歳。上山写真館2代目当主。競馬歴33年

三条 結衣(さんじょう ゆい)

匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う

荒尾 真凛(あらお まりん)

女性騎手。22歳。亡き父・栄一に代わり転厩直後のアーサーの緒戦に臨む

競馬小説「アーサーの奇跡」登場人物紹介

前回までのあらすじ

 

ロングフライトの走りに思わず、言葉を失ってしまった匠。

結衣の声に意識を取り戻すと、アーサーが飛び込んでくるのでした…

競馬小説「アーサーの奇跡」第59話 命の性

競馬小説「アーサーの奇跡」第60話

第60話 真空を裂いて

 

「(この子、凄い…!)」

アーサーの背に乗った、真凛は手応えを確かめていた。

遥か前方を逃走していたロングフライトを目がけアーサーは、一完歩ごと、飛ぶような走りで、馬場の中央を切り裂いて行った。

 

―2番手から上昇するアーサー!凄まじい勢いで伸びてきます!一完歩ごとにロングフライトのリードを一気に侵略していく~!

 

「ワアアアアッ!」

場内実況もファンの叫びも最高潮にまで達していたが、真凛はアーサーの背でかつてない一体感に無心になっていた。

 

「(なんだろう…。まるで裂けていくみたい…。ロングフライトが止まって感じる…)」

アーサーの鞍上で真凛は、これまでにない風を感じていた。

 

「(静かだわ…。暗闇の中みたい…。それなのにこの先は光っている…)」

真凛はアーサーの行く先が、輝いているように感じられた。

そして3コーナーでのアーサーが、出て行かなかったのが理解できた。

 

「(そうか…ごめん。あなたはまだわたしに、「行くべきじゃない」と言ってくれたのね…。3コーナーで焦ったままで、仕掛けてしまったわたしに向かって…)」

真空を裂く走りのなかで、アーサーの意思を感じた真凛は、アーサーが脚を溜めていたことを、その手応えから感じ取っていた。

 

―さあもうゴール板は目の前です!ロングフライトが着陸寸前!だがアーサー!異次元の切れ味で、ゴール前ライバルを強襲する~!―

 

先頭の伊達も鞭を入れて、粘り込もうと檄を飛ばしている。

真凛はそれを見てムチを握ると、右手を高く前へと突き出した。

 

「(…わかったわ…。ここがその「今」なのね…。この一発はわたしからのサイン…。ここから追うわ!あなたの全力に、わたしもしっかり付き合って見せる…!)」

真凛はアーサーの胴に向け、振り上げた鞭を一撃入れると、アーサーは更に首を低く下げ、弾けるように前へと飛び出した。

 

―ようやく荒尾真凛、鞭を入れた!アーサーが一気に加速しました!凄い勢いだ!ロングフライトに、あと7馬身差まで迫りました~!―

 

最後の直線の1ハロン。

スタンドの熱は頂点を超えた。

 

「聞こえねーだろが後ろ来てるぞ~!逃げろ伊達~!手を緩めるんじゃね~!」

「そんなところから届くわけがねえ~!止まっちまえ、そこで諦めちまえ~!」

ロングフライトを応援するファンの絶叫がターフにぶつかる。

匠と結衣はその声も気にせず、ありったけの声で背中を押した。

 

「アーサ~!行け~!」

「アーサ~!真凛さん~!」

真凛はその声を受け取っていた。

 

「(わたしは全然分かってなかった…。アーサー、わたしは平気だから…。あなたはわたしをかばっていて、スピードを出し切れないでいたのね…。知ってる、お父さんも見ている。わたしたちをきっと、今もどこかで…。怖くない、優しい声もする、これからもうわたし、前しか見ない…!)」

落馬の記憶を振り払って、アーサーと真凛はひとつになった。

 

―凄まじい勢いで追い上げます!アーサー一気に差を縮めていく!あと2馬身!逃げるロングフライト!着陸態勢に移行している~!―

 

逃げるロングフライトをめがけ、一完歩ごと追い詰めるアーサー。

興奮のるつぼと化した府中で、最後の攻防が始まっていた。

 

―もうゴールまであと50m!40m、20mだ!内、中、離れて2頭が接近!アーサーついに前に並びました!あ~っと今そして…!―

 

「ワアアアアッ…!」

「アーサ~!真凛さん~…!」

「頑張って~…!」

大歓声に混じって声を出す、匠と結衣もただ前を見ていた。

 

「―…!」

 

ロングフライトに並んだ真凛が、伊達の眼差しを突き破っていく。

伊達のゴーグルの下から一瞬、凍り付いた気配が感じられた。

まるでスローモーションを見るように、ゴール板が後方に過ぎ去ると、アーサーと真凛の目には輝く、5月の青空が広がっていた。

 

次回予告

 

最後の最後、捉えたアーサーに送られるスタンドからの歓声。

結衣を駅に送りながら匠は、様々なことを思い出しますが…

 

次回:競馬小説「アーサーの奇跡」第61話 いやです

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第59話 命の性

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

*読むと、競馬がしたくなる。読んで体験する競馬予想

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