競馬小説「アーサーの奇跡」第32話 おみくじ

登場人物紹介

上山 匠(かみやま たくみ)

当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る

上山 善男(かみやま よしお)

匠の父。53歳。上山写真館2代目当主。競馬歴33年

三条 結衣(さんじょう ゆい)

匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う

福山 奏(ふくやま かなで)

匠の幼馴染。18歳。近所の名店「ブラン」の一人娘

競馬小説「アーサーの奇跡」登場人物紹介

前回までのあらすじ

 

恒例の初詣のお参りに、競馬新聞を持ってきた善男。

そこで語られていた内容から、匠は結衣を思い出すのでした…

競馬小説「アーサーの奇跡」第31話 初詣

競馬小説「アーサーの奇跡」第32話

第32話 おみくじ

 

参拝を済ませ、匠と善男が連れ立って向かった先は毎年、一年の吉凶を占うため引いているおみくじの売り場だった。

 

「さあ今年最初の運試しだ。出でよ大吉。我を救いたまえ」

お金を入れて目を閉じた善男が、くじの箱を回して捌いている。

 

「(いったい何から救われたいんだ…父さんいっつも楽しそうじゃんか…)」

ただ何も言わず心を鎮めて、匠もおみくじへと手を伸ばすと、同じように一旦目を瞑って無心で目を開いてくじを出した。

 

「…9番か」

善男が匠の隣でつぶやき、匠も同じようにくじを引くと、そのくじの棒の番号通りに棚の中の札に手をかけていた。

 

「…」

「…」

二人がそれぞれおみくじを持って食い入るように無言で見つめると、下を向いたまま売り場から離れ、それからすぐ善男が立ち止まった。

 

「…父さん?」

匠が声をかけると

「よっしゃー!大吉、よっしゃー!」

善男は満面の笑みで喜び、大きなガッツポーズを突き上げた。

行列に並ぶ人たちがそれをクスクス笑いながら眺めている。

 

「ちょっと、父さん!恥ずかしいからもう、雄たけびを上げるのはやめてくれよ」

これはたまらないという表情で、匠は善男の腕を引っ張った。

 

「これは…これは…凄い年明けだ!やっぱり新聞を見てて良かった!」

馬券を当てたときのような顔で、善男は鼻息を荒くしている。

 

「(そんなの関係があったのかなあ…)」

匠は善男を見て息を吐いた。

 

「ところでおまえは何を引いたんだ?」

匠の手の中を覗く善男に

「小吉」

と札を表に返し、匠は書かれた文字を読み上げた。

 

「待ち人…来たる」

善男が

「まあ悪い札じゃなくて良かったじゃんか」

そう声をかけたのも束の間、匠はふと見上げると前方に、艶めく長い黒髪を見つけた。

 

「あれ…?」

そんな匠に気がついて

「どうした?」

善男が声をかけると、結び所におみくじを結んでいる女性に二人の視線が止まった。

 

「あれ?あの子…」

その女性の方も、すぐに二人の気配に気がついて、驚いた顔で口に手をあてて、それからすぐ深く一礼をした。

 

「結衣さん!」

「結衣ちゃん!」

二人が歩み寄るとすぐに結衣が

「あけましておめでとうございます」

と、嬉しそうににっこり顔を上げて、改めて二人に挨拶をした。

 

「おお、あけましておめでとう、結衣ちゃん」

「あけましておめでとうございます!」

善男と匠も挨拶を交わし、それからすぐ善男が質問した。

 

「そういえば、結衣ちゃんはこの匠と付き合ってくれることになったんだ?ありがとう、これからもぜひよろしく!」

「わー!」

全日本2歳優駿当日、帰り際電話をした善男には、そのあとすっかり匠の彼女になってくれたものだと信じていた。

あまりに唐突な言葉を聞いた匠はすぐ善男の口を塞ぎ、耳を真っ赤にしながら少しずつ、背中から振り返ろうとしていた。

 

「(はわわわわ…)」

おそるおそる匠が結衣の方へゆっくりと視線を移してみると、結衣はただ黙ったままうつむいて、真っ赤な顔で目を潤ませていた。

 

先日帰宅後に“付き合ってない”と説明していた匠だったが、善男はむしろ喜んだ様子で

「照れるな」

と聞き入れてはいなかった。

 

「…。」

善男は黙ってしまった二人の表情を見て何を感じたのか、空を見上げると右手でポリポリ、照れたような顔で頭を掻いた。

 

「(ちょっと、なんで父さんが今そんな、照れたような顔をしているんだよ…)」

匠が気まずさを破ろうと

「そ、それはそうと、さっきおみくじを…」

なんとか話を逸らそうとすると

「あー!おじちゃ~ん!」

と明るい口調で、善男の背中に何かぶつかった。

 

善男は振り向くと、それが何かがすぐに分かって笑顔になりながら

「おお、奏(かなで)ちゃん!どうした、おめでとう!」

声の主に向かって挨拶した。

 

奏が善男の腕に抱きつくと

「匠ちゃんも、えと、確かそれから…」

「結衣です。あけましておめでとうございます」

「そうそう、結衣さん。おめでとうございます」

結衣と奏も挨拶を交わした。

 

「(よし奏、いいとこで来てくれた)」

匠は気まずいムードを救われ、奏の登場にほっとしていた。

結衣も顔を上げて三人を見て、懐かしむように目を細めていた。

 

次回予告

 

気まずいムードを奏に救われ、ひとまず胸を撫でおろした匠。

それも束の間、奏が甘酒を勢いよく口に運んでしまい…?

 

次回:競馬小説「アーサーの奇跡」第33話 ちゃんと見て?

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第31話 初詣

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

 

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