前回までのあらすじ
デビュー戦から連勝を飾って鎌倉記念に臨んだアーサー。
強敵ノースペガサスが追い込み、写真判定にもつれ込みますが…
(競馬小説「アーサーの奇跡」第13話 強敵・ノースペガサス)
目次
競馬小説「アーサーの奇跡」第14話
第14話 鎌倉記念・決着
ワアアアア!
大勢の観客が見守る中、2頭はもつれながら入線した。
ゴールを見守り続けた匠もその中で一人息をのんでいた。
「一体どちらが勝ったのだろう…」
これは誰にもよく分からなかった。
再来。
アーサーのデビュー戦のゴール前、写真判定が長かったように、今回は差し馬を凌ぎ切って僅かでも先着せねばならない。
それがたとえ僅か1cmでも、写真判定は判別可能だ。
そのことを匠は初観戦の佐賀競馬場で思い知っていた。
「(考えてみればたった1cm、それで勝敗が分かれるんだから…本当に厳しい世界なんだな…)」
そう感じた匠の脳裏にふと、善男のひと言が思い出された。
「おいおい、1cmも違ったらな、全然申請に通らないだろ」
善男は確かにそう話していた。
「(あれはパスポートの写真だったな、規定やサイズが厳しいんだって…。1cmなんて僅かな差なのに、海を渡ることにも響くんだな…)」
店を手伝った日を思い出して、競馬と結びつけている自分に
「(なんだかこういうこと考えるの、父さんに似てきちゃったみたいだな…)」
と匠は苦笑いした。
そうして結果が出るまでのあいだ、ぼんやりとしていた匠だったが、いよいよ確定の文字が出るのを緊張の面持ちで見つめていた。
「3、1、4…」
匠の眼が最初に捉えたのは、アーサーの「3番」の数字だった。それはあのデビュー戦とは違って、前が残った「ハナ」差の文字だった。
「やったー!」
匠は嬉しさのあまり一人で勝利の雄叫びを上げてしまった。
叫んでから
「(あ…)」
と周りを見たが、意外と誰も気にしていなかった。
「(…良かった…。やっぱりこういうのは、みんなもう慣れ切ってるんだろうな…)」
先の競馬に詳しいと見られる二人組の方をちらりと見ると
「前半、あれだけハイペースからの、ノースペガサスを封殺だからな。これは相当強いぞあの馬は…」
その内の一人がそう話し出す。
「ああ、なんとか馬複は獲ったがな。でも逆の着順なら惜しいなあ~」
ビールを片手に持っている方が、笑いながら悔しそうにしていた。
「(複雑な表情をしているなあ…)」
匠が気を取られていると不意に
ブーンッ
と携帯が音を鳴らして
「おめでとう」
とメールが届いていた。
「匠、良かったな。おめでとう」
短い文章だったが、仕事の合間に結果を見ていたのだろう。
父・善男のメールが勝ったことを、改めて匠に実感させた。
「ありがとう。馬券、持って帰るね」
それだけ短くメールを送ると、スタンドで少し休憩しようと、匠は2階席へ足を向けた。
「(ここは、全体が良く見えるなあ)」
川崎競馬場は2階席も自由に座れる席になっており、煌々と光る砂上の舞台を匠は確かめるように見つめた。
「(それにしても、大きいビジョンだなあ…真ん中に、なんか駐車場あるし…)」
そんな感心を寄せる匠に
―さあそれでは重賞初制覇の、アーサー号の表彰式を行いたいと思いますー
という、アナウンスが流れ込んできた。
「(へえ、表彰式とかあるんだなあ)」
匠はメインビジョンに目を向けた。
―それではまず、勝利ジョッキーである、鮫浜騎手にお願いをしましょう!―
アナウンサーも明るい表情だ。
―鮫浜騎手、おめでとうございます。今の感想をお聞かせください―
「はい、まず一番頑張ってくれた、アーサーにありがとうの気持ちです。それからこのような素晴らしい馬を任せて下さったオーナーさん、調教師の先生、厩舎スタッフ、応援して下さった皆さんに、心より感謝を申し上げます」
アナウンサーの明るい表情の意味が直ぐに分かるというくらいの、場慣れしたベテランらしい口調の渋みのある声が席に届いた。
―前半はかなりハイペースですが、あれは意識されていたのでしょうか―
「はい、アーサーはデビュー戦の時も、スタートでかなりヒヤッとしました。前走はポンと出てくれましたが、今回もスタートで出したいなと。スタミナはあると分かっていたので、距離延長も強気に行きました」
―前半スタミナを使い過ぎると、最後バテることは良くありますが、この馬に限っては鮫浜騎手、相当自信をお持ちであったと―
「はい。前走も持ったままでしたね。これは相当に走る馬だなと。それでも最後は詰められましたし、相手も相当強かったですが」
―着差はハナ差でしたがこのあたり、どのような印象を持ちましたか―
「そうですね、やはり走る馬だなと。普通なら粘れなかったでしょうし。ただ僕ももうちょっと余力のある、走りをしてあげたかったのですが」
―相当強いライバルであったと。我々も手に汗握りましたが、暮れにはこの川崎競馬場で、全日本2歳優駿があります。切符は既に手に入りましたが、ここに参戦予定はありますか―
「これはオーナーさんとお話しして、行ければぜひ行きたいところですね」
―これは力強いお言葉ですね、ありがとうございます。最後にファンの皆様にひとこと―
「応援、ありがとうございます。こうしてここに見に来ていただけて、身の引き締まる思いです。僕も歳ですし何年乗れるか、常に体と相談しています。ですがこのアーサーとはどこまでも、行ける限り行きたいと思います。これからもアーサーと僕ともども、応援お願い申し上げます」
―鮫浜騎手、ありがとうございました―
インタビューの終わりには周囲から温かい拍手が送られていた。
それは佐賀競馬の新馬戦では見ることのできない光景だった。
「(こうして大きなレースを勝つのは、やっぱり特別なことなんだな…。それにしてもあの鮫浜騎手って、いつも眉間にしわ寄せているのに、インタビューで話すときはなんだか、すごく優しそうな雰囲気だった。やっぱり馬に乗っている時とは、違った感じがするものなんだな…)」
そんなふうに匠は思った。
次回予告
アーサーの鼻差の勝利によって思わず叫び声を上げた匠。
続いていく表彰式のなかで驚きの光景に出会いますが…
前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第13話 強敵・ノースペガサス
はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり