競馬小説「アーサーの奇跡」第13話 強敵・ノースペガサス

前回までのあらすじ

 

善男に頼まれた馬券を買って、強敵が居ることを知った匠。

馬場入場後の写真を収めて、アーサーの応援に臨みますが…

競馬小説「アーサーの奇跡」第12話 砂漠の月

競馬小説「アーサーの奇跡」第13話

第13話 強敵・ノースペガサス

 

「(やった!)」

 

匠の心配などまるで気にも留めていないような好スタートで、一気に先頭を奪いスタンドの前を走り抜けていくアーサー。

他馬とは1馬身以上離れたロケットスタートを見事に決めた。

 

「(これならこの前の時と同じで、安心して見ていられそうだな…)」

 

匠はアーサーを信じて見つめ、アーサーと鮫浜はハナに立つと、リードを活かすように差を広げてそのまま単騎で先頭に立った。

 

―ドドドドドッ!

 

匠が構えるシャッターの音を掻き消すような地響きを鳴らして、出走各馬がアーサーを追って次々と目の前を走っていく。

「(鮫浜さん、お願いします…)」

デビューから三戦連続となる相棒・鮫浜を背にアーサーは、追われる展開も構うことなく悠然と他馬を引き連れて行った。

 

そこから2馬身ほど離れた位置、次の馬群(ばぐん)が隊列を作ると、更に離れた3番手集団のインに「1」のゼッケンを見つけた。

「(あれが父さんのもう一頭か…)」

そんな考えがふと浮かんできて、不安になってきた匠だったが、それを振り切るためにも隊列を改めて前から見返してみた。

 

「(大丈夫、アーサーにはまだまだ、全然余裕がありそうじゃないか)」

 

見ると先程よりも後続との差が少しばかり広がって見えて、2番手集団の馬たちからは手綱をしごく馬も出てきている。

「さすが中央で勝っている馬だ。こりゃ速いぜ」

と言う声が聞こえ、近くで観戦するファンの声に匠も安心感に包まれた。

しかし

「ハイペース過ぎやしないか?」

という声がそこに加わってくると、何かほっとしてはいけないような、緊張感も湧き上がるのだった。

 

「…確かにな。でもアイツは速いし、これくらい飛ばしても持つんだろう」

アイツというのはアーサーのことと匠にもすぐに理解ができたが、ハイペースというのが何を指すか、匠には理解ができなかった。

「ほら見ろ、沖(おき)のやつ虎視眈々とインでじっくり脚を溜めてやがる」

「これは直線、かなり楽しみだな!」

競馬に詳しそうな二人組の男がビールを片手に会話し、そんな場の空気を読むかのように場内実況が飛び込んできた。

 

―さあ第3コーナーに来ましたが先頭のアーサー2馬身リード。2番手集団はやや苦しいか、押しても前には進みそうにない!あ~っと、ここでインをするするとノースペガサスが上がって行ったぞー!―

 

「(え?なになに、何が上がって行った?)」

実況に驚いている匠に

「さすが沖、こうなるのを見越してじっと中団で待機していたな!」

「おう、これならもしかすっと十分、前を捉まえられるかもしれんな!」

二人組が高揚していた。

 

「(え?内から何が来ているって?…1番の馬…?あ!父さんの選んだもう一頭だ!)」

匠は肝が冷えるのを感じた。

 

―さあここから4コーナーへ向かい、各馬一気にカーブを曲がります!先頭はまだアーサーとベテラン・鮫浜の佐賀コンビがリードする!リードはまだ3馬身ありますが、後ろからどんどん迫ってきたぞ!―

 

熱を帯びた実況アナの声と対照的にインを鋭く突き、するすると、まるで流水のようにコーナーを回ってくる馬がいる。

1番のノースペガサスだった。

 

「来たぞ来たぞ、沖の必殺技の4コーナーからのインのマクリが!」

「行ける行ける、直線捉えられる!」

近くの二人組も叫び出した。

 

「よお~し、行け行け、行っちまえ沖~!ゴールまでには捉まえられるぞー!」

否応なしに匠の耳元にその声援が飛び込んではくるが、匠はそれよりも大きくなった心臓の鼓動に胸を抑えた。

「(え…これ…どうなっちゃうんだろう…)」

ゴールを撮ろうと待ち構えていた匠は手の力が抜けてしまい、カメラを下ろすとそのまま直線、アーサーが粘るのを見つめていた。

 

―さあアーサー、リードを保ったまま4コーナーを回り切りましたが、どうやら沖もこのまま終わる気は毛頭ないという手綱さばきだー!―

 

「そのまま行けー!鮫浜あ~!」

「さっさと差し切っちまえ、沖~!」

両者への声援が割れるようにヒートアップして聞こえる直線、匠ははっと佐賀のデビュー戦のアーサーの勝利を思い浮かべた。

 

「(そういえばあのときってアーサーが、凄い脚で差し切ってくれたけど…この状況って、その逆なんじゃ…?)」

 

佐賀競馬場の新馬戦の際、カーテンアップを追ったアーサーが、それを目がけて最後の一瞬で、ハナ差交わしたことが浮かんできた。

今はその状況が逆になって、匠は更に肝を冷やしていた。

 

―さあさあ、直線も200m、まだ逆転の余地は有りそうだぞ!さすがにハイペースで行き過ぎたか、アーサーも脚色が鈍ってきた!インをぴったりスルスルとまくって、ノースペガサスが追い込んできたぞー!いよいよその差も縮まってきたー!―

 

場内の興奮はピークになり、誰が何を言ってるか分からない。

ただ実況の音声と二人組の声だけはなぜかよく聞こえた。

 

「うおおおお~、行けー!差せー、沖~!」

「ひっくり返るぞ~!」

 

二人組が必死に叫んでいる。

「(…神様!)」

胸を抑えた右手がそのまま固まってしまっているかのように、全く動かないこぶしを握り、匠はいつのまにか祈っていた。

 

―さあ並びかけるかノースペガサス!沖の風車が唸りを上げているー!

 

ノースペガサスの沖のステッキがまるで風車を描くように回り、もの凄い勢いで加速しつつノースペガサスの胴を打ち付けた。

それに負けじと半馬身ほど前、粘る鮫浜も激しくしごいて、アーサーの限界を出し切ろうとギリギリの勝負に持ち込んでいた。

 

―沖の波が鮫を飲む勢いだ、この波を鮫が跳ね返せるのかー!

 

実況アナの興奮の声音が場内の熱量を更に上げた。

 

次回予告

 

ノースペガサスと沖の猛追に最後の奮闘を見せるアーサー。

2頭のマッチレースの結末は写真判定に委ねられますが…

 

次回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第14話 鎌倉記念・決着

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第12話 砂漠の月

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

 

*読むと、競馬がしたくなる。読んで体験する競馬予想

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です