競馬小説「アーサーの奇跡」第15話 表彰式

前回までのあらすじ

 

ノースペガサスをハナ差で下して重賞勝ち馬となったアーサー。

騎手のインタビューのあとは馬主のインタビューへと移っていきますが…

競馬小説「アーサーの奇跡」第14話 鎌倉記念・決着

競馬小説「アーサーの奇跡」第15話

第15話 表彰式

 

―次にお話しをうかがいたいのは、馬主の武内昇(たけうちのぼる)さんです。武内さん、おめでとうございます―

「ありがとうございます」

 

そこに現れたのはつい先ほど、匠に話しかけた紳士であり、それを見た匠は目を丸くして

「(あの人って、馬主さんだったの!?)」

と驚きながら会場を見据えた。

 

―アーサーは武内さんの牧場、武内牧場の生産ですね。こうして愛馬が活躍するのは、特別な想いではないでしょうか―

「はい、本当に特別な馬でね。父馬にまた良く似ているんです。バランスは良いし、金ぴかな馬で、不思議な雰囲気を持った馬でね。生まれたときは少し線が細く、どうなるかとは思っていましたが。本当に嬉しく思っています」

場内を見渡しながら堂々とはっきりそう応える武内に

―次走について鮫浜騎手からはオーナーと相談とありましたが―

インタビュアーがすかさず振っていく。

 

「もちろん、暮れの優駿に行きます。2歳チャンピオンになってほしいし。そうなれば九州の馬産だって、頑張ってるのが分かってもらえる。そしてもし、ここを見事に勝てたら、次の目標も考えています」

―嬉しいお言葉をいただきました。まずは全日本2歳優駿で2歳チャンピオンを目指すのですね。そして次の目標は何ですか?―

 

「日本ダービーを目指したいです」

 

これには周囲から「おお~!」という歓声と拍手が大きく上がった。

「(日本ダービーっていうレースは、随分注目されているんだな)」

匠はそんなふうに感じていた。

 

―これはとても貴重なお話しをうかがうことができました。中央の日本ダービーへ向け、挑む次走となったわけですね。ファンの方々の反応を見ても、これは期待が大きいところです。まずは次走が注目されますね―

「はい、どうか応援お願いします。こういう馬はそうそう簡単に現れるような馬ではないです。わたしも今まで何百、何千という馬を見てきた眼があります。それにこの馬は既に若者を釘付けにするような魅力がある。さっきも随分熱心なファンが写真を撮ってくれていましたから」

そう告げた武内は目を合わすと、目があった匠にウインクをした。

「(え…、あ、見えてたの?)」

驚いた匠は頭を下げてとっさに武内に挨拶をした。

 

―ファンの方がどんどん増えそうです―

「そうですね、そうならありがたいです。この馬がこれからどうしていくか、ぜひ一緒に見守ってほしいです」

 

匠の胸は再び熱くなり、その後はぼうっと腰をかけていた。

匠のなかで新しい何かが確実に始まったのを感じた。

 

それから表彰式が終了し、一息ついていた匠だったが、最終レースの馬が出てくると思い出したように椅子を離れた。

「(帰りの電車、混んでるかな…)」

匠は心地よい疲れとともに2階席から1階へ降りると、人気のなくなったパドックを見て武内との会話を思い出した。

「(さっきここで話した人がまさか、アーサーの馬主さんだったなんて。本当にびっくりした。でも、なんだか良い人そうで良かったな…)」

そんな風に思い返していると、匠の眼がふとパドックビジョンの下を歩く猫を捉まえていた。

 

「(あれ?こんな競馬場の中まで、猫が歩いてるなんて驚いた…)」

 

小さな発見と言わんばかりに、きょとんと匠が猫を見ていると、その猫の歩く先で立ち止まる人影が優しく手を差し伸べた。

「(あれ…?)」

匠はそのしなやかな人影に一瞬時が止まるのを感じた。

 

その人影は腰を落としながら、柔らかく猫の頭を愛撫し、慈しむように何か猫に向け小さく言葉をかけたようだった。

これには猫も嫌な素振りをせず、まるで警戒心を見せなかった。

 

「(あの人は…)」

匠にはそれが誰かが分かった。

 

初めて見たのは佐賀競馬場で。

そしてその後は小倉競馬場で。

匠の眼の奥に焼き付いている、あのとても美しい女性だった。

 

「(…)」

 

匠はなぜか目が離せなくなり、その場でつい立ち尽くしてしまった。

夏の日と違い秋になった今、出で立ちこそ違うものであったが、真っすぐに伸びた美しい髪と、凛としたシルエットは変わらない。

向こうで猫を撫でていた女性も、ふと匠に気づいたように見えた。

だがそれは辺りを確認したという感じに過ぎない素振りであり、何かに期待することのないよう、匠も不意に目を逸らすのだった。

 

「(ええっと…。どうしよう)」

 

気まずく感じた匠はすぐさま撮りためた写真を確認すると、そのまま写真を確かめる振りで、少しずつ出口へと足を向けた。

そうして気づくと競馬場を抜け、川崎駅へと歩み出しており、自身の胸の高鳴りを抑えて踏みしめるように帰路についていた。

 

「(あのひとが、ここにも来てるなんて…。せっかくまた会えたと思ったのに…驚いてつい外まで出ちゃったよ…)」

 

様々なことを思い出しながら、家路を辿っていく匠の眼に、通り過ぎていく車のランプが切なげに赤い糸を引いていた。

 

次回予告

 

様々な思いが押し寄せてくる鎌倉記念のフィナーレでしたが

匠の日常にも思いがけず新しい変化が訪れて…?

 

次回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第16話 七五三

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第14話 鎌倉記念・決着

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

 

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