前回までのあらすじ
初めて一人で競馬観戦をすることになった鎌倉記念で
いつも通りカメラを振り向けつつ写真撮影をする匠でした。
目次
競馬小説「アーサーの奇跡」第12話
第12話 砂漠の月
「(今度は、気をつけなくちゃ)」
川崎競馬場のスタンド内。
その発券機の列に並びつつ、匠は自分に言い聞かせていた。
「(落ち着いてやっていけば大丈夫…)」
まずは軍資金の投入をし、その次にマークシートを差し込む。
すると善男の馬券から一枚、発券機の窓に映し出された。
「(よし、次はアーサーの単勝だな…)」
そして次に自分自身で書いたマークシートをそこに投入する。
発券機にスッと吸い込まれると清算ボタンをしっかりと押した。
「(よし、あとはお釣りを忘れないよう…)」
前回小倉競馬場の際にお釣りを取り忘れた経験から、匠は緊張の面持ちになり、集中して購入を行った。
その甲斐もあって今度はきちんと、取り忘れることなく購入した。
「(ふう…。これでよし)」
その手に馬券を確かめてみると、善男の買った馬券が見えている。
何やら今度は「馬複」と書いた馬券が手のひらに握られていた。
「馬複?」
聞いた事のない式別だったが、これをスマホで検索してみると、どうやら中央でいう「馬連」で1~2着を当てる馬券種だった。
「(へえ、父さん。これは順不同で2頭が2着以内なら的中だ。この1番の馬とアーサーが両方来ないといけないってことか。)」
そう頭の中で計算すると
「(てことはこの1番の馬ってさ、かなり強い馬っていうことなの?アーサーが2着になってもいいようにこの馬券を買ってるわけだし…)」
不意に匠には不安がよぎった。
「(やだなあ…父さんのせいで、なんか余計な不安が出てきちゃったじゃんよ。)」
今度はもう一枚のアーサーの単勝馬券へと視線を馳せた。
「(でもおれにはこれしか分からないし、アーサーが勝つのを見に来たんだし…)」
そんなことを一人で考えつつ、スタンドを抜けてゴール前に出た。
そこでは先程までパドックを周回していた出走馬たちが、騎手を乗せてダダダッダダダッ、とリズミカルに馬場を走って行った。
「(近いな、馬との距離が)」
そう感じながらカメラを向けると、再びアーサーをカメラで追って、チャンスを待ち構える匠だった。
「発走5分前です」
ターフビジョンに大きな文字が躍ると、その字幕と音声を聞きながら、画像を確認する匠だった。
「(なんだか照明のせいか、いつもより更に光って見える感じだ)」
尾花栗毛(おばなくりげ)のアーサーの毛並みが金色の光を反射していて、まるで砂漠に浮かぶ月のような、不思議な雰囲気が現れている。
「(良かった、なかなかよく撮れてるな。こんなにきれいな写真になったし、元気そうだし、今日も勝てるよね…)」
先ほどパドックで父馬の話をしてくれた紳士を思い出し
「(あの人も、きっと勝つって言ってくれてたしな…)」
と匠は振り返った。
―ガシャンッ!
そしてゲートが開いて、鎌倉記念の火蓋が切られた。
次回予告
善男が買っている馬券を眺め、強敵が居ることを知った匠。
周囲の声にアーサーの勝利が不安になってくる匠でしたが…
次回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第13話 強敵・ノースペガサス
はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり