登場人物紹介
上山 匠(かみやま たくみ)
当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る
三条 結衣(さんじょう ゆい)
匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う
小川(おがわ)
謎の男。小倉で登場。匠の前に突然現れる
荒尾 真凛(あらお まりん)
女性騎手。22歳。アーサーの主戦を務める
滝沢 駿(たきざわ しゅん)
男性騎手。35歳。数多の名馬を知る天才
十勝 嵐太郎(とかち らんたろう)
男性騎手。40歳。テンペスターの主戦騎手
前回までのあらすじ
亡くした母の記憶を思い出し、自分自身を奮い立たせる駿。
一方十勝は駿の攻勢に激昂して罵声を吐くのでした…
目次
競馬小説「アーサーの奇跡」第100話
第100話 夢か幻か
「ちくしょうが!」
テンペスターを駆って、十勝がビッグツリーに詰め寄ると
「っ…!」
駿はそれを読み取って、十勝の脇から競り掛けていった。
「テメエはなあ…!大将気取りでなあ、そんな凄えヤツばかり乗ってよお…!随分ハンデに差があるじゃねえか!こっちは馬格が小さえのによお…!」
十勝は駿に馬体を寄せながら、身を削るように競り掛けていった。
―猛然と身を寄せるテンペスター!インをこじ開けていくビッグツリー!どちらも譲らず最後の攻防、火の出るような競り合いになります!十勝の鞭がしなって打ちつける!滝沢鞭を控えて進みます~!―
「ウオオオオッ…!」
実況の声と歓声によって、ゴール前に熱狂が渦巻くと、誰もが沸き立つスタンドにはもう、雨音すら聞こえなくなっていた。
「行きやがれ~!十勝!お前の勝ちだ!ついにお前がダービージョッキーだ!」
「競り落とせ~!滝沢!そんなやつに、みすみす勝ちをくれてやるんじゃね~!」
周囲の声も怒涛の勢いで、前の2頭に降り注いでいった。
「貴様には…!ぜってえ、負けたくねえ!苦労もなく育ったボンボンにゃあ…!そんなにでっけえ馬に乗ってりゃあ、今度こそぜってえに避けられねえ…!」
十勝はぴったり隙間を詰めると、駿に向かってその手を張り出した。
「死にさらせえ!貴様には随分と、嫌な思いをさせられたからなあ…!」
十勝は叫び、鞭を振り上げると、瞬時にそれを真横に振り抜いた。
―ああ~っと十勝、鞭を振り上げます!そして今度はそのまま振り下ろす!容赦なく並んでくる滝沢の、眼前にしなる鞭が飛んでくる~!―
「避けろ滝沢~!」
「あぶねえ!殺る気か~…!」
スタンドの絶叫すら聞こえずに
「避けられねえ!この技はぜってえに…!」
十勝が全力で振り下ろす。
「―隣人殺し…」
小川のつぶやきに、匠はゴクリ固唾を飲んでいた。
「(あんなこと…。アーサーがやられたら…)」
匠がふとアーサーを見ると、アーサーは水しぶきを上げながら、後方でぽつり、食らいついていた。
「死ね滝沢!これでもう、ジエンドだ…!」
目の前に鞭が飛んでくると
「ヒュンッ…!」
残像が瞬時に切り裂かれ、十勝の鞭が宙を泳いでいた。
「なに…!?」
反動で十勝が身を崩し、慌ててテンペスターに飛びつくと、そのままビッグツリーは隙間から、ゴールへ向かって飛び出していった。
「うおおおお~っ!滝沢、消えやがった!滑り込みながら前に飛んだぞ~!」
「神技だ~!十勝のやつ必死に、テンペスターにしがみついてやがる~!」
「ウオオオオッ…!」
振るように見せて駿の顔面に十勝が鞭を振り下ろす瞬間、ビッグツリーを斜めに滑らせて、駿が一瞬で抜け出していった。
「ウオオオオ~ッ…!」
天を衝く歓声が、スタンドに反響して昇華する。
「有り得ねえ…」
十勝が目を丸くして、テンペスターの馬上でつぶやくと、その姿を確めた実況が、すかさずその声を張り上げていた。
―ああ~っとビッグツリー!交わしました!これはもう絶対的な状況!テンペスターから距離を取りながら、無人のゴールに飛び込んできます!瞬間移動!天才滝沢が、栄光のダービーを駆け抜けます~!―
「ウオオオオッ…!」
呆然とする十勝を振り切って、瞬時に差を広げるビッグツリー。
誰もがその姿に酔いしれると、口々に歓声が上がっていた。
「最高だ~!滝沢!ビッグツリー!最高のダービーをありがとうよ~!」
「神技だ~!すっげえこんな騎乗、おれ達一生忘れねえからな~!」
観客の全てが前を行くビッグツリーの姿を追っている。
そこに突然、一人の絶叫が歓声のなかを切り裂いていった。
「アーサー行け~!まだまだ差し切れる!ビッグツリーはまだゴールしてない!絶対届く!絶対!絶対に最後の最後まで諦めるな~!」
匠が構わずそう叫んでいた。
「何言ってる…!」
そんな周囲の声が、匠を遮るように沸き立つと
「おい、嘘だろ…」
「本当だ、差してくる…」
一転、動揺が広がった。
「兄ちゃん…」
小川もポツリつぶやくと、匠の背後で透き通る声で
「真凛さん!アーサー!諦めないで~…!」
結衣の声が突き抜けて行った。
「ピシャンッ!バリバリ…!」
雷鳴が響き、周囲がその状況に凍てつくと、水を打ったように静まっていた、スタンドが再び沸き立っていた。
「ウオオオオオッ…!」
「うおおおお~っ!アーサー!行っちまえ~!まだまだギリギリ射程圏だぞ~!」
「気を抜くな~!後ろから来てるぞ~!滝沢しっかり振り切ってくれ~!」
「ドオオオオッ…!」
猛然と馬場を切り裂いて伸びる、アーサーが水しぶきを跳ね上げる。
実況もその走りに気がついて、驚いたように声を張り上げた。
―なんと現実か!夢か幻か!アーサー真っすぐ追い込んできます!10馬身以上あった劣勢を、ひっくり返す脚を見せています!ロングフライトを競り落としながら一気に前に迫っていたぞ~!これは大変なことになりました!猛然と水しぶきを跳ね上げる~!―
「ウワアアアアッ…!」
「行け!アーサ~…!真凛さんも頑張れ~!」
匠の声に励まされて結衣も
「頑張って~…!」
重ねるように声を、アーサーに向かって投げかけていた。
次回予告
飽和状態の沸騰を見せる、嵐のなかの東京競馬場。
異次元の脚を見せるアーサーに、十勝が放つ非情の一手とは…
はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり