競馬小説「アーサーの奇跡」第98話 信じなきゃ…

登場人物紹介

上山 匠(かみやま たくみ)

当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る

三条 結衣(さんじょう ゆい)

匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う

小川(おがわ)

謎の男。小倉で登場。匠の前に突然現れる

荒尾 真凛(あらお まりん)

女性騎手。22歳。アーサーの主戦を務める

滝沢 駿(たきざわ しゅん)

男性騎手。35歳。数多の名馬を知る天才

十勝 嵐太郎(とかち らんたろう)

男性騎手。40歳。テンペスターの主戦騎手

競馬小説「アーサーの奇跡」登場人物紹介

前回までのあらすじ

 

先頭を駆けるロングフライトを、一気に捉えに行くテンペスター。

ビッグツリーも争いに加わり、アーサーは離されて行くのでした…

競馬小説「アーサーの奇跡」第97話 嵐を呼ぶ男

競馬小説「アーサーの奇跡」第98話

第98話 信じなきゃ…

 

「(信じなきゃ…)」

アーサーの鞍上で、真凛は雨に打ちつけられていた。

 

「(ああアーサー…。もう残り少ないわ…。わたしはいつだって行けるけど…。あなたは多分、この前のこと、きっと少しだけ怒っているのね…)」

真凛は前走・青葉賞で3コーナーから追い出したことや、アーサーの気持ちを分かろうとせず、叱咤したことを思い出していた。

 

「―いいか真凛。馬っていうのはな…それぞれ気持ちが違うものなんだ。先頭を走りたいやつが居れば、後ろから行くのがいい馬も居る。馬群の中が好きなやつだってな。人間だって群れるやつも居れば、一人の方がいいやつも居るだろ?最高のパフォーマンスをするなら、気持ちを大事に乗ってやることだ…」

生前父・栄一はいつも、笑顔で真凛に話しかけていた。

 

「うん知ってる…。お父さんいつだって、そのことばっかり話しているもん…」

真凛はその声に頷くと、呆れたように見つめ返していた。

 

「(お父さん、わたし…。ほんとだったら、お父さんがこの子に乗ってたから…。だからもっとわたしじゃなければ、もっと上手く勝てていたはずだって…アーサーに悪いと思ってた…)」

真凛は青葉賞勝利後に、栄一の口癖を思い出すと、段々と次のダービーに向けて、自責の念に駆り立てられていた。

 

「(アーサーは…。今日乗った瞬間に、すぐに成長してるって分かった…。凄いよね、こんな短期間で。この前も走ってくれたのに…)」

アーサーのリズムに揺れながら、真凛はじっと前を見つめていた。

 

「(もう少し…。もうきっと今回が、わたしの最後のチャンスだと思う…。もし今回裏切っちゃったら、きっともうずっと、信じてくれない…)」

真凛はただじっと前を見て、アーサーの気持ちに寄り添っていた。

 

―さあもう残り400mだ!テンペスター勢いに乗っている!ロングフライト必死の抵抗も、嵐のなかに翼が取られます!これはもうさすがに交わされそうだ~!―

 

「ワアアアアッ…!」

実況と歓声が響き渡る、嵐の中の東京競馬場。

アーサーの名は全く出ないまま、三つ巴の戦いになっていた。

 

―ロングフライト絶体絶命だ!テンペスターが再び前に出る!伊達が見る!十勝まるで気にしない!一気に並んで、突き抜けて行った~!更にビッグツリーも追いすがる~!―

 

「ウオオオオッ…!!!」

ついに先頭の位置が入れ替わり、歓声が頂点へと達すると、匠の近くのファンも一斉に、ありったけの声を投げかけていた。

 

「行け十勝~!お前が勝つ番だ~!滝沢に吠え面をかかせてやれ~!」

「差せ滝沢~!まだ交わしきれるぞ~!横から馬体を交わし去ってやれ~!」

先程まで先頭を駆けていたロングフライトがついに捉まると、連呼されていた伊達の声援も、いつの間にか聞こえなくなっていた。

 

「くっ…」

それでも必死に食いしばって、伊達が叱咤の鞭をふるっている。

 

「じゃあ、あばよ…」

十勝は吐き捨てると、インから一気に突き抜けていった。

 

「くっくっく…オッサンは上々の仕事をやってくれたと思うぜえ…?一か八かの博打を打たなきゃあ、ここまでだって怪しいもんだった。ああしてぶっ飛ばしてくれなくちゃあ、瞬発力比べになったしなあ…。水も浮いてるし、こんな馬場じゃなあ、速い脚なんか使えねえよなあ…?」

十勝はふと背後で距離を測る、駿を一瞥して、つぶやいていた。

 

―さあテンペスター、突き放しました!鞍上の十勝が振り返ります!ビッグツリーとの距離を測ったか!どうする滝沢、前が壁だぞ~!―

 

「ドオオオオッ…!」

「くっくっく…。精密時計はなあ…出し抜けに弱いもんなんだよなあ…。当然だ…ペースが狂えばよお…プランが白紙になるんだからなあ…。こっちはなあ…自分で動いた分…リズムは全然狂ってないぜえ…?欲しいだろ…?頼れる何かがよお…。くっくっく…こいつをくれてやるぜ…!」

テンペスターと十勝は後方のビッグツリーの進路をうかがうと、最内を開けてラチが取れるよう、外に向かって僅かに張り出した。

 

「さあ、来いよ…内ラチが開いたぞ…?あとはお前次第だなあ、滝沢…!」

そのインを真っすぐためらわず、追撃して飛び込むビッグツリー。

後退してくるロングフライトを、一瞬の内に交わし去っていた。

 

―さあビッグツリー、前を交わします!ロングフライトはここで脱落か!やっぱり来ました天才・滝沢!ついに左手に鞭を持ちました~!―

 

「ウワアアアアッ…!」

大歓声の直線を迎えて、匠がその攻防を見つめると

「おんなじだ…」

ポツリと声を上げて、先頭の2頭をうかがっていた。

 

「弥生賞…」

小川も隣でポツリ、匠の声にひと言つぶやくと、実況の声が更に高まって、二人の会話を掻き消していった。

 

―これはマッチレースになりそうです!テンペスターが2馬身リードする!しかしすぐ背後にはビッグツリー!この2頭がゴールへと迫ります!皐月賞でワンツーを分け合った2頭の地力がやはり優ります~…!―

 

いよいよラストスパートに入って、十勝と駿が互いを意識する。

 

「(信じなきゃ…)」

ただ結衣はじっとして、アーサーの姿を見守っていた。

 

次回予告

 

様々な大人たちのざわめきと、火葬場に立ち上る白い煙。

駿は弥生の言葉を思い出し、最後の攻防に挑むのでした…

 

次回:競馬小説「アーサーの奇跡」第99話 泥試合

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第97話 嵐を呼ぶ男

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

*競馬も恋も感動も!学べる競馬純文学

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