競馬小説「アーサーの奇跡」第97話 嵐を呼ぶ男

登場人物紹介

上山 匠(かみやま たくみ)

当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る

三条 結衣(さんじょう ゆい)

匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う

小川(おがわ)

謎の男。小倉で登場。匠の前に突然現れる

荒尾 真凛(あらお まりん)

女性騎手。22歳。アーサーの主戦を務める

滝沢 駿(たきざわ しゅん)

男性騎手。35歳。数多の名馬を知る天才

十勝 嵐太郎(とかち らんたろう)

男性騎手。40歳。テンペスターの主戦騎手

競馬小説「アーサーの奇跡」登場人物紹介

前回までのあらすじ

 

先団から遠ざかるアーサーを不安気に見守る匠の背中。

結衣は昔のことを思い出して、匠の背中を見つめるのでした…

競馬小説「アーサーの奇跡」第96話 怖いんです…

競馬小説「アーサーの奇跡」第97話

第97話 嵐を呼ぶ男

 

―先頭を駆けるロングフライトが、いま直線コースへと入ります!嵐のなかの東京競馬場!眼前に坂も立ちはだかります!無事に先着することはできるか!帰りを待つ人々が祈ります!伊達も着陸姿勢に入ったぞ~!―

 

「ワアアアアッ!」

「行っちまえ~、伊達!そのまま真っすぐゴールに向かって突き放していけ~!」

「早く差せ~!十勝、まだ行けるぞ~!このリードなら充分差し切れる~!」

匠の周囲で歓声が響き、スタンドも激しく沸き立っていた。

 

「頑張れアーサー!まだゴールじゃない!大丈夫行ける、きっと差せるぞ~!」

匠はカメラを握り締めたまま、ありったけの声を張り上げていた。

 

「匠さん…」

結衣がじっと見つめると

「ぎゃっはっは~!アーサーは沈んだぞ!前の兄ちゃん、諦めちまいな~!」

「ざまあみろ~!ダート馬が勝てるほど、ダービーは甘かねえってんだよ~!」

匠の周囲であざ笑うような、男たちの罵声が響いていた。

 

それでも匠はじっと前を見て、もう一度声を上げようとしたが

「黙れクズ!」

と響いたその声に、はっとして隣の傘を見つめた。

 

「…」

黒い傘を差しながら、小川が男を睨みつけている。

 

「小川さん…?」

匠がつぶやく声も、構わず小川は睨みつけていた。

 

「素人が!」

その剣幕にしんと、男たちが沈黙をしていると

「小川さん…」

結衣もポツリつぶやいて、小川の表情をうかがっていた。

 

―伊達が嵐を捌いて前に出る、手綱をがっちりと握っています!しかしどうした、視界は晴れないぞ!テンペスターが縋り付いてきます!ロングフライトなんとか逃げ粘る!すかさず十勝がインを狙います~!―

 

「ワアアアアッ…!」

実況の声とともにスタンドも、再び熱狂が渦巻いていた。

 

「逃げろ伊達~!まだ粘り切れるぞ~!そいつさえ振り切れりゃ優勝だ~!」

「行け十勝~!前バテやがったぞ~!この馬場ならお前の差し切りだ~!」

先頭を駆けるロングフライトのリードは見る見るうちに縮まって、変わって今度はインを突いていくテンペスターが前に迫っていた。

 

―先頭は粘るロングフライトだ!とはいえテンペスターが凄い脚!食らいついて行く!十勝嵐太郎、この展開すら読み切っていたか~!―

 

「ワアアアアッ!」

雨の中でも十勝の耳元は、スタンドの歓声を捉えていた。

 

「へへ…こりゃほんとに参っちまうなあ…。どうやらこのダービーはいただきだ。伊達のオッサンに恨みゃあないが…遊びでやってるわけじゃねえしなあ…?インを避けたのが運の尽きだなあ…。そんなに荒れてるわけじゃねえしなあ…!」

十勝が激しく前へ押し上げた。

 

―さあもうその差は4馬身差です!緩やかな坂を上っていきます!テンペスター!逃げるロングフライト!両者の勢いの差は歴然だ!十勝嵐太郎、まさに嵐です!低気圧の真ん中に引き寄せる!あ~っとしかし、来ました無敗馬の、ビッグツリーも盛り返してきます~!―

 

「ウオオオオッ…!!」

 

―お聞きください!この大歓声を!凄まじい期待が降り注ぎます!ビッグツリーと滝沢を支持する、ファンの声援がこだましています~!―

 

「ドオオオオッ…!」

その歓声はすぐに前を走る、十勝の耳にも降り注いでいた。

 

「ちっ…来やがったか、滝沢のやつめ!性懲りもなく後ろに居やがるぜ!ちくしょうが!おれ様を盾にして、風を切ろうたって、そうはさせねえ…!」

十勝は駿の進路に詰め寄ると、泥を被せる機会をうかがった。

 

「いやまだだ…。まず伊達のオッサンを、交わし去ってから勝負してやるぜ!くっくっく…!首洗っていやがれ!今泥だらけにしてやるからなあ…!」

十勝が2馬身差まで詰め寄ると、伊達が激しく叱咤の鞭を入れ、瞬間激しい雷鳴と共に、辺りが白一色に包まれた。

 

「ピシャンッ!バリバリ…」

歓声を裂いて、轟きが地面に響き渡ると、実況の声も更に高まってスタンドの熱を昇華していった。

 

―雷鳴が激しく鳴り響きます!嵐になった東京競馬場!ロングフライトをついに捉えたか、テンペスターがインから迫ります!まだまだロングフライト譲らない!伊達の叱咤に気迫で応えます!とはいえテンペスターも逃がさない、十勝嵐太郎!更に加速する~!―

 

「ウオオオオッ…!!」

「行け十勝~!お前のダービーだ~!そのまま一気に突っ走ってやれ~!」

「振り向くな~!伊達!後ろ来てるぞ~!あともう少しだ振り切ってくれ~!」

前の2頭の攻防に一段、周囲が震えるように沸き立つと

「大丈夫…!絶対なんとかなる…!」

匠の声も掻き消されていった。

 

「匠さん…」

結衣がそっとつぶやいて、匠の背中を見守っていると

「追い込みだ…」

小川の声がポツリ、歓声の中へ溶け込んでいった。

 

―さあ最後の坂を上ってきます!いよいよロングフライト捉まった!テンペスター、一気に飲み込みます!十勝嵐太郎、前を捉えます!その背後にぴったりビッグツリー!この3頭で上位は決着か!この集団から置かれてアーサー、10馬身以上、間が開いた~!―

 

「ワアアアアッ…!」

水を跳ね上げる不良馬場のなか、前3頭が勝利へ追いすがる。

 

アーサーは先頭から離されて、ただじっと、後方を走っていた。

 

次回予告

 

前走青葉賞時の失敗を、アーサーの上で振り返る真凛。

一方結衣も不安を抱いたまま、アーサーをじっと見守るのでした…

 

次回「信じなきゃ…」は5月17日(水)公開予定です

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第96話 怖いんです…

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

*競馬も恋も感動も!学べる競馬純文学

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