競馬小説「アーサーの奇跡」第95話 十勝嵐太郎

登場人物紹介

上山 匠(かみやま たくみ)

当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る

三条 結衣(さんじょう ゆい)

匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う

小川(おがわ)

謎の男。小倉で登場。匠の前に突然現れる

荒尾 真凛(あらお まりん)

女性騎手。22歳。アーサーの主戦を務める

滝沢 駿(たきざわ しゅん)

男性騎手。35歳。数多の名馬を知る天才

十勝 嵐太郎(とかち らんたろう)

男性騎手。40歳。テンペスターの主戦騎手

競馬小説「アーサーの奇跡」登場人物紹介

前回までのあらすじ

 

アーサーの手応えを確認して、外から捲っていくテンペスター。

背後に近づいてくる足音に、十勝を一瞥する駿でしたが…

競馬小説「アーサーの奇跡」第94話 テンペスター上昇

競馬小説「アーサーの奇跡」第95話

第95話 十勝嵐太郎

 

「よお滝沢…」

テンペスターを駆って十勝がビッグツリーに詰め寄ると、駿は素早く手綱を動かして、内ラチ沿いへ馬体を寄せていた。

 

「何秒だ?まだ数えてんのかあ…?くっくっく…優秀な時計だな…」

十勝の挑発の言葉にも、駿は決して反応しなかった。

 

「天才かあ…いいねえ七光りは。いい馬ばっか巡ってくんだろう…?」

十勝は駿が反応しなくても、構わず隣で話しかけていた。

 

「いい馬だ…実際、そいつはよお…。そんな馬で負けるわきゃねえよなあ…?」

「…」

ただじっと前を見て、駿はその声を聞き流していた。

 

「でもまあなあ…。競馬ってのはこれは、知っての通り生ものだからなあ…。エリートだって泥んこ馬場じゃなあ…ダメだったって言い訳つくだろう…?くっくっく…貴様のためにもなあ…しっかり口実つくってやるぜえ…!」

十勝は瞬間、手綱を絞ると、ビッグツリーの外から抜け出した。

 

―ああっと十勝、全く緩めない!テンペスター、上昇していきます!残り1000mからスパートだ!ビッグツリーを飲み込んでいきます~…!―

 

「ワアアアアッ…!」

眼前に切れ込むと、十勝が駿を一瞥して言った。

 

「くっくっく…。謝罪ってのはまずは、顔を晒すのが決まりなんだぜえ…?しっかりと…言い訳になるように、たっぷりとツラを汚してやるぜえ…!」

十勝は切れ込みながら詰め寄ると、勢いよくステッキを引き抜いた。

 

「くっくっく…貴様に逃げ場はねえ。ラチ沿いまで寄せてやったからなあ…!さあこれから…この泥の塊を、嫌になるまで蹴り上げてやるぜえ…!」

十勝はテンペスターの尻を打ち、後ろ脚で泥を跳ね上げさせた。

 

「くらえ!おれ様のマッドスペシャルを!この距離じゃあまず逃げ場なんかねえ…!万が一避けられたとしてもなあ、一枚目のゴーグルは死んだなあ…!」

テンペスターが泥を跳ね上げると、黒い塊が後方に飛んだ。

その塊は真っすぐ前を向く、ビッグツリーへと飛び散っていった。

 

「…!」

駿が攻撃にすぐに気がついて、ビッグツリーの首を押し下げると、蹴り上げられた泥の角度を見て、すれすれで礫(つぶて)を回避していた。

 

「くっくっく…!」

十勝はその瞬間、再びステッキを振り上げていた。

 

「ほらよ二発目だ!まだまだ資源はいくらでも下に埋まってんしなあ!」

今度は駿の顔面に向かって真っすぐ蹴り上げられた塊が、ビタビタと鈍い音を立てながら、ゴーグルの上に飛散していった。

 

「はっはっは~!!いいザマだな滝沢!まだまだこんなもんじゃ済まないぜえ!?そのゴーグル、何枚仕込んでんだ?一枚ずつ引っぺがしてやるぜえ…!」

十勝は狂ったように笑いつつ、三発目の鞭を振り上げていた。

 

「―…!」

駿は身を挺しながら、ビッグツリーの頭を下げていた。

 

「くっくっく…。こりゃまた、たまらんなあ…。天才くんに泥を被せるとは。前走のときは後ろから行って、まんまと押し切られちまったしなあ…。泥試合ならこっちが強いぜえ…?馬頼みのお前とは違ってな…!」

十勝は皐月賞での2着時にビッグツリーをマークして行ったが、道中ついて行くことができずに、直線5馬身、離されて行った。

 

「瞬発力ではお前の馬には及ばないってのはもう分かってる!だがな、スタミナ比べをするんならこいつも相当スゲエ馬なんだ!なあ滝沢…お前みてえにいつも、いい馬ばっかり乗ってるやつには、癖のあるヤツの引き出し方とか、すっかり忘れちまったんだろなあ…!?」

十勝の祖父は牧場経営で、一躍名を挙げた人物だった。

しかし晩年は経営難から苦境に陥る状況に変わり、父の代では牧場も廃業、毎日の糧に飢える日々だった。

 

「―なあ嵐太郎…。お前は騎手になれ。騎手はいい…。華のある仕事だ…。おれの人生は今一だったが、お前だけでもいい夢を見てくれ…―」

病床で父が告げたことが、十勝の脳裏をふと掠めていた。

 

「ちくしょう、色々背負わせやがって…。テメエは勝手に死んじまって…。滝沢!貴様みてえなやつが、いい思いばっか、しているんじゃねえ…!」

十勝は父も一流騎手だった、駿の存在が気に入らなかった。

 

「どうせ大した苦労もしねえまま、次々依頼が入ってんだろう…?そのうえいつもいい馬ばっかりで、掴まってりゃあ勝てる馬ばかりだ…。そんなんで何が天才だあ!?素人にだってできることだぜえ…!」

降りしきる雨に叫び声を上げ、四発目の土塊(つちくれ)を蹴り飛ばす。

テンペスターと十勝嵐太郎は、執拗に泥を蹴り上げて行った。

 

「はっはっは~!ダート板も着けずに出てくるからそんなことになるんだ!道悪(みちわる)をテメエは甘く見たなあ…!?あばよ滝沢、そこで沈みやがれ…!」

十勝は伊達の背中を追って、インをぴったり上昇して行った。

 

―さあもう残り800mだ!ロングフライトまだまだ逃げている!ああ~っとしかし、十勝嵐太郎がテンペスターとインから迫ります!道悪巧者得意の展開だ!ビッグツリーを出し抜いて行きます~!―

 

「ウオオオオッ…!」

2番手が入れ替わり、テンペスターが一気に前へ出る。

先程までのスタンドとは違い、異様な雰囲気に包まれていた。

 

次回予告

 

駿を沈ませ一気に前へ出て、ロングフライトを追い駆ける十勝。

一方結衣は匠の背中から、昔のことを思い出すのでした…

 

次回競馬小説「アーサーの奇跡」第96話 怖いんです…

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第94話 テンペスター上昇

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

*競馬も恋も感動も!学べる競馬純文学

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