競馬小説「アーサーの奇跡」第94話 テンペスター上昇

登場人物紹介

上山 匠(かみやま たくみ)

当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る

三条 結衣(さんじょう ゆい)

匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う

小川(おがわ)

謎の男。小倉で登場。匠の前に突然現れる

荒尾 真凛(あらお まりん)

女性騎手。22歳。アーサーの主戦を務める

滝沢 駿(たきざわ しゅん)

男性騎手。35歳。数多の名馬を知る天才

十勝 嵐太郎(とかち らんたろう)

男性騎手。40歳。テンペスターの主戦騎手

競馬小説「アーサーの奇跡」登場人物紹介

前回までのあらすじ

 

駿に併せて位置を測りながら、前を見据えて手綱を取る真凛。

同じリズムを保っている駿の、体内時計に従うのでした…

競馬小説「アーサーの奇跡」第93話 精密時計

競馬小説「アーサーの奇跡」第94話

第94話 テンペスター上昇

 

「くっくっく…くそ正確だよなあ…」

アーサーとビッグツリーの後方、5馬身ほど離れた馬群の外、テンペスターと十勝は前方のビッグツリーと駿を見据えていた。

 

「真凛ちゃんはなあ…姉ちゃんだよなあ…。滝沢にペース委ねるってかあ…?くっくっく…まあそりゃそうだよなあ…。おれも利用させてもらうけどなあ…」

うっすらと笑みを浮かべながら、中団で脚を溜める十勝には、ペースや秒数を刻んで進む、駿の背中がはっきり見えていた。

 

「くっくっく…滝沢の野郎にはペースがきっちり読めているはずだ…。精密時計、様様だなあ…。この馬場でもリズムは全然、狂ったような感じは見られねえ…。おかげでこのテンペスターにも、充分余力があるってもんだ…。精密時計…その感覚が、テメエの仇になるとも知れずなあ…!」

折り返し地点となっている1200mを通過すると、十勝はテンペスターに鞭を見せ、手綱を絞り、前へと促した。

 

―さあもう後半へ突入します!ロングフライト変わらず先頭だ!しかしペースを落としたか若干、後続との差が縮まってきます!それでもまだ15馬身ほどある!後続はまだ誰も動かないか~!―

 

実況が叫ぶなか小川が

「そろそろか…」

ポツリとつぶやいた。

 

「え…?」

その声に匠が振り向くと

 

―おおっと中団からテンペスター、馬群の外から追い上げて来ます!捲るようにポジションを押し上げる!芦毛の馬体が前に迫ります!ビッグツリーは距離を保ったまま、じっと2番手を確保しているぞ~!―

 

「ワアアアアッ…!」

歓声が沸き立って、匠はビジョンに向き直っていた。

 

「あ…」

その瞬間、匠の視線がビッグツリーの姿を捉えると、隣に居るはずだったアーサーが、置かれて行くのが目に入っていた。

 

―ロングフライトまだまだ先頭だ!リードはまだ15馬身あります!大欅に差し掛かりこれからが、日本ダービー勝負所です!しかしどうした!ビッグツリーの外、アーサー少し離されていきます!ビッグツリーにはついていけないか~!―

 

実況の声が鳴り響いた。

 

「ワアアアアッ…!」

歓声が巻き起こり、匠がターフビジョンをじっと見る。

 

「真凛さん…」

結衣の不安気な声に、匠も胸が締め付けられていた。

 

「(だめなのか…アーサー…。これまでにも、何度も何度もあったことだけど…。何度もだめかっていう時に、絶対諦めないで来てくれた…。でも結衣さん、いつも信じてる結衣さんが不安そうに見つめてる…)」

匠は後ろから傘を差す、結衣の表情をチラとうかがった。

 

「…」

結衣はただ不安気に、ターフビジョンをじっと見つめていた。

 

「(弥生賞の日もビッグツリーには敵わないっていう感じだったし…。でも今日こそおれ、信じなくちゃ…)」

匠は心配を押し殺し、再びビジョンに振り返っていた。

 

―強烈な雨が叩きつけるなか、18頭が駆け抜けて行きます!アーサー後退!中団勢からテンペスターが一気に迫ります!ビッグツリーが単独2番手だ~!―

 

「ワアアアアッ…!」

熱狂も聞こえずに、真凛は静かに思い出していた。

 

「(またここね…。この前はこの場所で、焦って無理に押して悪かったわ…。わたし、今日は怖いものはない。あなたの全力にも付き合えるわ…。まだまだ手応えは残ってる。だからあなたが行くまで、付き合うわ…!)」

真凛はアーサーを見つめると、手綱を下げ、体勢を整えた。

そこにテンスぺスターを駆る十勝が、勢いよく後ろから近づいた。

 

「よお姉ちゃん…どうしたその馬は。滝沢のヤツを見張ってたんだろ?くっくっく…でも手応えがねえな。こりゃいけねえ…ガソリン切れとはなあ…。無理すんなよ…。姉ちゃんは泥よりも、化粧を顔に塗っとくもんだぜえ…?ここはおれたち男の戦場だ。そのままそこで引っ込んでろよなあ…?」

十勝はうすら笑いを浮かべると、外から切れ込むように押し上げた。

 

「(挑発よ…。無視無視、さあアーサー…。わたしたちは、自分の競馬しよう…)」

十勝の声を受け流しつつ、真凛は黙って風を受けていた。

 

「(…へえ姉ちゃん…なかなかクールだねえ…。挑発なんかにゃ乗らないってかあ…?でもまあここで動けないやつには、この馬場じゃあまず勝ち目なんかねえ…。アーサーか…元々ダート馬だし、一応目があると警戒したが…。全然、口ほどにもないねえ…)」

十勝はチラと真凛を見ると、更に前方へ押し上げて行った。

 

―さあテンペスター前に押し上げる!アーサーあっさり抜かれていきます!さすがに青葉賞とは違ったか、荒尾真凛も動きを見せません~!―

 

「ワアアアアッ…!」

スタンドが沸き立って、十勝が更に上昇していった。

 

「くっくっく…。姉ちゃんはもう死んだ。この馬場じゃあもう勝ち目なんかねえ…。次はお前だ滝沢!ここからはデスマッチに付き合ってもらうぜえ…!」

ピカッと雷が光り、空には無数の稲妻が走っていった。

 

「貴様はなあ…。何べんも何べんも、我が物顔で勝ちまくりやがって…。貴様のためのダービーじゃねえ…!必ず吠え面をかかせてやるぜ…!」

十勝はテンペスターを駆って、ビッグツリーの背後に取りついた。

 

「…」

駿はすぐに後ろから、迫りくるその影を感じていた。

 

「気づいたかい…」

つぶやいたその声を、駿が肩越しにチラと確かめる。

 

「くっくっく…」

十勝は笑みを浮かべ、更に前へと押し上げるのだった。

 

次回予告

 

これまでの鬱憤を晴らすように、執拗に泥を蹴り上げる十勝。

「マッド・スペシャル」の猛攻に駿は、ビッグツリーを庇おうとしますが…

 

次回競馬小説「アーサーの奇跡」第95話 十勝嵐太郎

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第93話 精密時計

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

*ダービーのパドックまでを収録!学べる競馬純文学

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です