競馬小説「アーサーの奇跡」第9話 確定オッズ

前回までのあらすじ

 

見知らぬ中年男に突然、1万円を掴まされた匠。

アーサーの勝利で、そのことさえも忘れ去っていたレース後でしたが…

競馬小説「アーサーの奇跡」第8話 ひまわり賞

競馬小説「アーサーの奇跡」第9話

第9話 確定オッズ

 

「それにしても、強かったね。」

匠が善男にひと声かけると

「ああ、これは本当に強かったな。地方所属で中央馬相手に、これだけのパフォーマンスで勝つとは。これはもしかするととんでもない、大物に出会ったかもしれないな。」

と善男が答えを返した。

 

「地方?中央?」

「ああ。地方競馬というのは地方自治体が主催する競馬なんだが、国が主催する中央競馬よりも出る賞金額が少ない。それだけに中央所属馬よりも集まる馬の期待度は下がるが、ときどき期待の大きい中央所属馬を負かす馬も現れる。昔のハイライトにマロンキャップ、近年だとフルオートがそうだな。そういう馬には歴史に名を残すような活躍馬も多くいるし、もしかするとアーサーはそういった活躍ができる馬かも知れんな」

「へえ、さすがに詳しいんだねえ。」

「ふっふっふ、今更知ったか」

善男の上機嫌は止まらない。

 

「うん。でもアーサーは中央じゃなく、地方所属馬っていうことだよね。てことは佐賀競馬場は地方自治体の管轄ってことなの?」

「そう。九州ではたったひとつの地方競馬場になっちゃったけど、昔は荒尾に中津もあってな、それぞれに見どころがあったんだよ。特に荒尾はスタンドから見える海が有名な競馬場でな。父さん、いつか競馬を見に行くのずっと楽しみにしていたんだけど…。地方競馬不遇の時代がきて、惜しまれながら閉鎖しちゃってなあ…。今のようにネットで買えていたら、あるいは生き残れたかもしれんが…非常に残念なところだよ。」

「そうなんだ…。」

「それだけにアーサーは九州産、佐賀競馬の地方所属馬だから、この一勝は競馬界にとってかなり大きなニュースになるかもな。」

「じゃあおれがアーサーを見抜いたのは、まさに奇跡って言ってもいいかも?もしかして馬を見る天才とか…?」

とはにかんだ匠に向かって

「うん?それはまだ分からないけどな。競馬がそんな簡単なものなら、誰も外れたりはしないものだし…まだまだ他のレースもやらないと、本当のところは見えないからな。」

「冗談だよ、冗談。でもおれはアーサーさえ撮れればいいや。正直分かんないことだらけだし、自分のお金使うのも引けるし。」

「お前なあ~。」

「まあまあいいじゃない、当たったんだし。」

 

善男と匠がそんな話から盛り上がっているところにすぐさま、ターフビジョンにはアーサーの勝ったレースの配当が映し出された。

 

「お、配当が出たぞ。単勝は…よし10倍ちょうどだ!これなら十分な儲けが出たぞ!」

喜ぶ善男とは対照的に、匠は呆然と固まっている。

「…どうかしたか、匠?」

いぶかしげにそう尋ねる善男に

「ねえ父さん。アーサーはレース前、確か単勝8倍だったよね?」

匠が目を丸くしてそう言った。

「うん?そういえばそれくらいだったか…?」

「なんで10倍になってるわけ?」

と匠は続けて尋ねた。

「それは他の馬の馬券が売れて、アーサーの分が売れなかったのさ。オッズというのはそうして割合を計算して弾き出されるんだ。」

「それってどれくらい変わりそうとか、事前にはっきり分かるものなの?」

「?そりゃ少しくらいの変動は経験があれば読めたりもするが、ぴったり何倍になるのかなんて、感覚ではまず不可能だろうな。」

「そうなんだ…」

不思議そうな顔を見せる匠に

「なんだ?父さんは思ったよりも配当が上がって嬉しかったぞ。一万円の単勝の馬券が十万円に化けてくれたからな。オッズが8倍と10倍ならな、二万円も価値が違ってくるし。その分好きなもの買ったりできて、最高の気分じゃないか。」

善男はあくまでも嬉々としていた。

「うん。それはまあ、そうなんだけどさ…」

「?またラーメンでも食いにいくか?」

「いや、あのさ。さっきのおじさんが、おれの手に渡した一万円って、取られた馬券の単勝千円の配当と同じ額なんだよね。」

「…。」

まるで初めからこうなる結果を知っていたかのような展開に

「ぐ、偶然じゃないのか…?」

と善男もさすがに声を詰まらせるのだった。

「うん…。」

それ以上何も言わずに匠はただじっと前を見ていた。

「(でも、あの人…なんていうかやっぱり、結果が分かっているみたいだった…)」

匠は不思議な思いをしながら、吹きつける夏の風を受けていた。

 

次回予告

 

買い取られた馬券の金額ともぴったりと釣り合っていた配当。

必然めいたものを感じながら、新たな戦いに舞台は移り…

 

*次回は競馬小説「アーサーの奇跡」第10話 参戦・鎌倉記念

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第8話 ひまわり賞

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

 

*読むと、競馬がしたくなる。読んで体験する競馬予想

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です