前回までのあらすじ
見知らぬ中年男に突然、1万円を掴まされた匠。
アーサーの勝利で、そのことさえも忘れ去っていたレース後でしたが…
目次
競馬小説「アーサーの奇跡」第9話
第9話 確定オッズ
「それにしても、強かったね。」
匠が善男にひと声かけると
「ああ、これは本当に強かったな。地方所属で中央馬相手に、これだけのパフォーマンスで勝つとは。これはもしかするととんでもない、大物に出会ったかもしれないな。」
と善男が答えを返した。
「地方?中央?」
「ああ。地方競馬というのは地方自治体が主催する競馬なんだが、国が主催する中央競馬よりも出る賞金額が少ない。それだけに中央所属馬よりも集まる馬の期待度は下がるが、ときどき期待の大きい中央所属馬を負かす馬も現れる。昔のハイライトにマロンキャップ、近年だとフルオートがそうだな。そういう馬には歴史に名を残すような活躍馬も多くいるし、もしかするとアーサーはそういった活躍ができる馬かも知れんな」
「へえ、さすがに詳しいんだねえ。」
「ふっふっふ、今更知ったか」
善男の上機嫌は止まらない。
「うん。でもアーサーは中央じゃなく、地方所属馬っていうことだよね。てことは佐賀競馬場は地方自治体の管轄ってことなの?」
「そう。九州ではたったひとつの地方競馬場になっちゃったけど、昔は荒尾に中津もあってな、それぞれに見どころがあったんだよ。特に荒尾はスタンドから見える海が有名な競馬場でな。父さん、いつか競馬を見に行くのずっと楽しみにしていたんだけど…。地方競馬不遇の時代がきて、惜しまれながら閉鎖しちゃってなあ…。今のようにネットで買えていたら、あるいは生き残れたかもしれんが…非常に残念なところだよ。」
「そうなんだ…。」
「それだけにアーサーは九州産、佐賀競馬の地方所属馬だから、この一勝は競馬界にとってかなり大きなニュースになるかもな。」
「じゃあおれがアーサーを見抜いたのは、まさに奇跡って言ってもいいかも?もしかして馬を見る天才とか…?」
とはにかんだ匠に向かって
「うん?それはまだ分からないけどな。競馬がそんな簡単なものなら、誰も外れたりはしないものだし…まだまだ他のレースもやらないと、本当のところは見えないからな。」
「冗談だよ、冗談。でもおれはアーサーさえ撮れればいいや。正直分かんないことだらけだし、自分のお金使うのも引けるし。」
「お前なあ~。」
「まあまあいいじゃない、当たったんだし。」
善男と匠がそんな話から盛り上がっているところにすぐさま、ターフビジョンにはアーサーの勝ったレースの配当が映し出された。
「お、配当が出たぞ。単勝は…よし10倍ちょうどだ!これなら十分な儲けが出たぞ!」
喜ぶ善男とは対照的に、匠は呆然と固まっている。
「…どうかしたか、匠?」
いぶかしげにそう尋ねる善男に
「ねえ父さん。アーサーはレース前、確か単勝8倍だったよね?」
匠が目を丸くしてそう言った。
「うん?そういえばそれくらいだったか…?」
「なんで10倍になってるわけ?」
と匠は続けて尋ねた。
「それは他の馬の馬券が売れて、アーサーの分が売れなかったのさ。オッズというのはそうして割合を計算して弾き出されるんだ。」
「それってどれくらい変わりそうとか、事前にはっきり分かるものなの?」
「?そりゃ少しくらいの変動は経験があれば読めたりもするが、ぴったり何倍になるのかなんて、感覚ではまず不可能だろうな。」
「そうなんだ…」
不思議そうな顔を見せる匠に
「なんだ?父さんは思ったよりも配当が上がって嬉しかったぞ。一万円の単勝の馬券が十万円に化けてくれたからな。オッズが8倍と10倍ならな、二万円も価値が違ってくるし。その分好きなもの買ったりできて、最高の気分じゃないか。」
善男はあくまでも嬉々としていた。
「うん。それはまあ、そうなんだけどさ…」
「?またラーメンでも食いにいくか?」
「いや、あのさ。さっきのおじさんが、おれの手に渡した一万円って、取られた馬券の単勝千円の配当と同じ額なんだよね。」
「…。」
まるで初めからこうなる結果を知っていたかのような展開に
「ぐ、偶然じゃないのか…?」
と善男もさすがに声を詰まらせるのだった。
「うん…。」
それ以上何も言わずに匠はただじっと前を見ていた。
「(でも、あの人…なんていうかやっぱり、結果が分かっているみたいだった…)」
匠は不思議な思いをしながら、吹きつける夏の風を受けていた。
次回予告
買い取られた馬券の金額ともぴったりと釣り合っていた配当。
必然めいたものを感じながら、新たな戦いに舞台は移り…
*次回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第10話 参戦・鎌倉記念
はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり