前回までのあらすじ
取り忘れた馬券を持って行かれ、代わりに1万円を得た匠。
動揺のなか目前に迫ったレースのためにスタンドに出ますが…
目次
競馬小説「アーサーの奇跡」第8話
第8話 ひまわり賞
「お前のことだ、買おうとしていたのは、やっぱりあの馬だったんだろう?」
匠の動揺を拭い去ろうと突然質問を振った善男に
「うん。」
と言って匠はレーシングプログラムの馬名に目を落とした。
「アーサー…」
そうつぶやいた匠にひと言
「まさかまたこうやって会えるとはな」
善男が驚くようにそう言った。
「ついこの前、佐賀で勝たせてくれた、匠との思い出の馬だからな。お前がまた買いたいなんて言うし、今度は何かと思ったんだが、まあ、この馬だったら当然だな」
「うん。頑張ってほしいなと思うし、買って何が変わるわけじゃないけど…」
そうつぶやいた匠の目の前に、瞬間、甘い香りが広がった。
「…」
「どうした匠?」
善男が匠に声をかけると
「あ…いや…」
「?」
匠は一瞬心を奪われるシーンがあったことを押し黙った。
「あの人だ…」
「あの人?」
小さくつぶやいた声を拾われ
「あ、いや、なんでもない!」
と取り繕うように匠が言った。
善男と話をしていた一瞬、ほんの僅かな間ではあったが、匠は佐賀競馬場で見かけた女性と目が合ったような気がした。
それも今度は少しだけこちらを、懐かしむような視線を感じて。
「さあ、発走だ。」
善男の声とともにファンファーレが場内に大きく響き渡ると、匠もだんだんと普段通りの感覚を取り戻してはっとした。
「(そうだ、アーサーを応援しなくちゃ)」
そんなふうに切り替えた束の間に
ガシャン!
と中継画面から音が漏れる勢いでゲートが開いた。
―レースは、あっという間だった。
前走の出遅れにより、スタートが心配されたアーサーだったが、まるでそんな事はなかったように好スタートから先頭を奪う。
1番人気のサマードレスがアーサーを追って2番手になるも、まるでプレッシャーを受けることなくアーサーは坦々と引き離した。
「おいおい、これはこのまま一気に押し切っちまいそうな手応えだぞ?」
「う…うん…」
手応えの良さに喜ぶ善男に、逃げ切れるかが不安になる匠。
そんな匠の心配も知らずに、2番手以下が引き離されていく。
4コーナーを回ってから尚も、アーサーの脚色は目立っていた。
「アーサー!」
そう叫ぶ匠の声もまったく不要なくらいの余力を残して、後続との差も縮まることなくアーサーがゴールへと向かってくる。
「よし、そのままー!」
声を上げている善男も勝利を悟ったような快活な口調で、気づけば8馬身も差を開いて一気にゴールを駆け抜けて行った。
「す…凄い…!」
好スタートから先手を奪って後続に影を踏ませることなく、圧勝を飾った快走からは安心感を覚えるほどだった。
「よっしゃー!」
善男が隣で会心勝利と、拳を天に突き上げて見せると
「わはは!今日も匠にラーメン、10杯でも20杯でも食わせてやる!」
と満面の笑みが弾けていた。
「いや、嬉しいけどさ、父さん…ラーメン10杯も食えないから…」
とあきれ顔の匠だったが
アーサーの鮮やかな走りを見て、熱い気持ちが込み上げるのだった。
次回予告
様々な動揺を払うように、圧勝でゴールインしたアーサー。
その勝利の価値について善男が興奮気味に話すところですが…
はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり