前回までのあらすじ
父・善男に買い方を教わって、初めての馬券を手にした匠。
ファンファーレが鳴り響くと、各馬が一頭ずつゲートに吸い込まれて…
目次
競馬小説「アーサーの奇跡」第3話
第3話 デビュー戦
「―ガシャンッ!」
大きな音で開かれたゲートを、各馬が一斉に飛び出していく。
好スタートから前に行ったのは、断然人気のカーテンアップだ。
「速い!圧倒的だな」
善男がうなる。
「こりゃいただきだ!こうなりゃあもう、負けるわけがねえ!」
今度は先のパドックで聞こえた、おじさんのがなり声が飛んでくる。
匠はアーサーがどこか探した。
「あっ…」
言葉に詰まる匠。
アーサーは出遅れていた。
「おいおい、この短距離で出遅れか、ツイてないな、ハハ…」
善男は軽く笑っては見せたが、その声は乾いていた。
「(そんな…)」
匠の困惑を無視するように、レースは中盤を消化していく。
カーテンアップは山本が手綱を持ったまま動かす素振りもなく
悠然とリードを保ったままで、坦々と先頭を進んでいる。
素人目にも十分な走りだ。
だが…。
「ん?鮫浜のヤツ、こんなところで一気に仕掛け始めたぞ!諦める気はどうもないみたいだ。見てみろ匠、アーサーのヤツ、マクリ始めたぞ!」
信じられない光景だった。
好スタートから後続との差を7、8馬身開いた人気馬を
出遅れた馬がもの凄い脚で先頭を目がけて追い込んでくる。
一頭、二頭、三頭…。
次々に捉え出したアーサーは、気づけばただ一頭に追い上げた。
「おいおい、とんでもないマクリだぞ、こりゃあ!」
善男の興奮が伝わってくる。
匠の心臓もバクバクと鳴り、音が聞こえるくらいに脈打った。
最後の4コーナーでは二頭の差が更に縮まったのを感じて
「アーサー!行けー!」
と思わず匠はその名を叫んで応援していた。
「山本ォー!手を抜くなー!来てるぞ~!」
先のパドックのおじさんの声が怒声のような檄に変わっている。
カーテンアップのリードはそれでも2馬身ほど開いたままだったが
アーサーの勢いはそれ以上に凄まじいスピードに感じられた。
「…!」
鮫浜の豪快な騎乗ぶりと、アーサーの猛追に言葉も出ず、善男も匠もただ前を見つめ最後の攻防を見守っていた。
「ハアッ!」
鮫浜のムチは凄まじく、ビシバシとアーサーの胴を打つ音が何とも痛々しく響き渡る。
だが、アーサーは怯まない。
それどころか、恐ろしく加速していく。
予想外のアーサーの走りにも二の脚で逃げるカーテンアップに
ついに馬体を併せるとそのまま、重なりながらゴールに飛び込んだ。
手綱を取る山本も鮫浜も
カーテンアップもアーサーも
善男も匠もおじさんも
皆必死にその歯を食いしばっていた。
次回予告
もつれ込みながらゴールした2頭。長い写真判定に委ねられ…
勝負の行方は。
はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり