前回までのあらすじ
初めての競馬場、初めての佐賀競馬。
匠の目を最初に捉えたのは、凛とした美しい女性でした。
馬場へ出ていく馬たちを見送り、父の元へと向かう匠ですが…
目次
競馬小説「アーサーの奇跡」第2話
第2話 初馬券
匠は二十歳になったばかりだ。
馬券は一度も買ったことがない。
父・善男(よしお)との合流を果たすと、すぐに馬券の買い方を尋ねた。
「ねえ、父さん。馬券の買い方って…?買ってみたい馬がいるんだ。」
「おおそうか。ついにお前も、馬券を買いたいなんて言う日が来たか。どれ、どの馬だ?」
善男は少し目を見開いて、嬉しそうな口調で匠を見た。
匠は善男の手に広げられた競馬新聞に視線を落とすと
「これ」
と言って「アーサー」と名前の書かれている欄内を指差した。
「ほお。アーサーね…。ま、悪くはないか。生産は武内牧場…地元九州の牧場だな。能力検査はカーテンアップに大差で敗れて2着…。ま、相手が強かったってとこか。それならカーテンアップはどうよ。こっちの方が走るんじゃないか?ま、実戦向きの馬ってのもいるがな…。」
善男があれこれと話すあいだに
「間もなく発売を締め切ります」
とアナウンスが流れてくる。
匠は焦って善男に問い質し
善男も「すまん分かった」と言いながら
ポケットからマークシートを出して、千円札ごと匠に渡した。
「レース番号と買い目の式別、番号と金額を記入しろ。お前は何せ初心者だから、単勝にしておけ。まあ、勝つのは山本の馬だろうが、レースが見やすくなっていい。ほら、千円やるから、金額はそれで記入しろ。」
匠は言われるがままにマークシートの枠内をペンでなぞると、善男と連れ立ってスタンドにある発券機へと急いで駆けつけた。
そうして馬券を買い終えてすぐに、締め切りのベルが響き渡ると
善男の進むままにいざなわれて、ゴール板前へと歩み出ていた。
「やっぱゴール前は良いなあ、匠!」
興奮気味の善男に向かい
「父さんはどの馬を買ったの?」
と匠が尋ね返した。
「うん?そういうことは軽々しく教えるようなものじゃないんだ。何せ勝負の世界だからな。親子といえども馬券を手にする者はライバル同士でもある。何せお前の単勝馬券が、ゴールを過ぎたら紙切れになって、父さんの買った馬券の利益に還元されるかも知れないからな!」
善男が言うと
「嫌なこと、言わないでくれよ。おれ初めて馬券買ったんだから。まあ負けても父さんの金だから…ぶつぶつ…」
匠がうつむきながら言った。
「んん?最後の方が特に、何言ってるのかよく聞こえなかったぞ。負けても何だって?」
問い質す善男に苦笑しながら、手の中の馬券を見つめていると
平穏を破るように出走のファンファーレが大きく鳴り響いた。
「おお、始まるぞ!」
善男はさっとコースに向き直り、匠もいよいよかと顔を上げた。
スターターがトラックの荷台から赤い旗を挙げて台上に立つ。
ファンファーレが鳴り終わると各馬が一頭ずつゲートへ吸い込まれた。
「(緊張する)」
匠は思った。
次回予告
ついにスタートを切ったアーサー。
いきなりから波乱の展開!?