はしくれ
のりしお
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目次
競馬小説「アーサーの奇跡」第1話
夏のひかり
夏。
佐賀競馬場のパドック。
灼けるような陽射しを避けるように
人影もまばらな観客席に
一際輝く美しい幻に匠(たくみ)は目を奪われた。
麦わら帽子から真っすぐ下りる、長くつややかな美しい髪。
白いワンピースに溶け込むような、透明感に溢れたその素肌。
華奢な手足を強調するような、スラリとした後ろ姿は
真っ青に光る夏の大空と、パドックの奥の深い緑
灰色の地面に浮かび上がって
一つの美しい絵画のような、凛とした静寂をたたえていた。
「(……あ!)」
匠はその美しい絵の奥に、入場してくる馬を見つけると
我に返ってその先の景色へ、足早に一歩を踏み出していた。
佐賀競馬場の新馬戦。
頭数は少ない。
僅か5頭の馬たちではあるが
匠はそのなかに雰囲気のある、金色の毛の馬を見つけた。
「アーサー…」
その馬の名を告げたのは先程、絵の中にたたずんでいた女性で
かすかに告げられた声から甘い、柔らかな香りが広がっている。
匠は意識が断ち切れるような感覚になるのをなんとか抑え
再び不思議な雰囲気をまとうアーサーの姿へと目を移した。
「(なんだろう…この感じ。不思議な気持ちだ。馬って同じような感じなのに、この馬だけは何かが違う。何か…が何かは分からないけど…。)」
匠は掲示板を確認した。
単勝オッズは3,5倍。現時点では2番人気だ。
1番人気は山本騎乗の、カーテンアップという馬だった。
匠の近くでファンのおじさんが
「能力検査もぶっちぎりで、サウザンファームの良血馬!これで山本が乗ってりゃあ、負けるワケがねえ!」
とうそぶく。
それでも匠はアーサー以外が、勝つとは一向に思えなかった。
「(そうだ!忘れていた…。写真を撮らなくちゃ。)」
匠は首にストラップをかけた一眼レフをしっかり構えると
無我夢中でアーサーのいる方へ、すかさずズームレンズを振り向けた。
「止まーれー!」
という号令と共に、各馬が騎手を乗せて馬場へ出ると
先ほどまでの甘い香りは消え、美しい絵の面影もなかった。
「(すごくきれいな人だった…。馬主の関係者かな?)」
彼女の存在が気にはなったが、匠は首を軽く左右に振り
撮影した画像を眺めながら父の待つスタンドへ足を向けた。
次回予告
アーサーの持つ不思議な雰囲気に
馬券を買いたいと思った匠。
馬券のベテランである父親に買い方を教わることにしますが…