登場人物紹介
上山 匠(かみやま たくみ)
当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る
三条 結衣(さんじょう ゆい)
匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う
北見 圭(きたみ けい)
愛の彼氏。24歳。競馬場でよく絶叫している
岩見沢 愛(いわみさわ あい)
圭の彼女。21歳。圭のお目付け役
前回までのあらすじ
レストラン・スターファイルで突然、初顔合わせをする匠と圭。
圭の問いかけに匠は驚き、結衣を改めて見つめるのでした…
目次
競馬小説「アーサーの奇跡」第80話
第80話 玉砕してこい
「上山ちゃん、すっげえ持ってるじゃん!」
レストラン・スターファイルの座席で、圭が匠を見ながら切り出した。
「え?いや、おれ…。結衣さんのことですか?全然まだ、付き合ってないですし…。どうなるかも、分からないんです…」
愛と結衣が昼食のあとに、連れ立って席を外したあいだに、身を乗り出して話しかける圭に、匠はたじろぎつつ、答えていた。
「いやあのさ、この前なんだけどさ、結衣ちゃん青葉賞のときも来てて、なんだかその日は「大事な人とのデートで来てる」って言ってたんだよ。おたくでしょ?その大事な人って。パドックでずっと待っていたんだよ?」
匠はその日のことを尋ねられ、帰ろうとしたことを思い出した。
「(そうなんだよ…。おれ、あのときこの人、結衣さんの彼と勘違いしてて…。さっさと帰ろうとしちゃったり、思えば相当、恥ずかしいよなあ…)」
匠はコクリ、頷いていた。
「なんだかなあ…。あんな子を放置して。どんなイケメンが来るかと思った。いや失礼、上山ちゃんも別に、不細工っていうわけじゃないけどさ…。なんだかこう、意外だったなあ…」
首をひねる圭の目を見つめ
「…分かってます。おれだって思います。でも顔なんかどうでもいいでしょう?肝心なことは結衣さんがいつも、幸せでいられるかってことだし…」
匠は真っすぐに返事した。
「なるほどなあ…。こういう感じなのか。ああいう美人が好きになるタイプ…。いやほんま、悪く思わんでね。これって言わばおれの性癖だし。なんでもきっちり整頓しないと、どうにも気持ちが悪いタイプでね」
圭がにやけながら答えると
「そうですか…。それ、ちょっと意外です。圭さん正直軽く見えるのに…」
匠は真剣な表情で、にやける圭に声を返していた。
「くっくっく…。こりゃブーメランだなあ。見た目の話が返ってくるとは。気に入った。上山ちゃんしっかり、結衣ちゃんに言って玉砕してこい?」
圭の挑発的なその言葉に
「そうですね…。それはそう思います。あの笑顔を失いたくないけど…。他の誰かの方がいいなら、それはそれで片が付くでしょうから…」
匠が目を伏せてつぶやいた。
「なんだよもう、突っかかって来ないの?つまらんわあ。ファイトしてくれなくちゃ。いいじゃんいいじゃん、他がどうであれ、上山ちゃんは上山ちゃんでさあ?」
焚きつけるような圭の物言いに
「今、なんて…?」
匠はきょとんとして、目を丸くしたまま問いかけていた。
「ん、今の?ああ、いいじゃんいいじゃん、上山ちゃんは上山ちゃんでさあ…か?」
匠の言葉に圭は繰り返し、同じ台詞をそこで答えていた。
「(―それが匠さんなんじゃないですか?)」
「(―いいじゃんか、お前はお前だろ?)」
匠の脳裏にふと結衣の声と、善男の言葉が蘇ってくる。
「あの、圭さん。今なんでそのセリフ…?」
匠は続けて尋ねていた。
「いや、別に。ただそう思ったから。おれも他のやつなんて気にしない。でもこの前の障害戦でさあ、パドックで結衣ちゃんの馬に負けて…。まさかこのおれを凌ぐやつが、現れようとは思わなかったぜ。そういやあの子、今日何買うのかな?」
ふと首を傾げて言う圭に
「ぷっ…」
唐突に匠が吹き出すと
「どうしたよ?」
圭が問いかけていた。
「結衣さんが買う馬は、気になります…?」
匠が改めて尋ねると
「うん。ほんまに。教えてくれんかなあ。だってこの前は最低人気の馬見て「あれです」なんて言うんだよ?絶対正気の沙汰じゃないよなあ?そんでもって、しっかり当たってるし」
圭が顔を近づけて言った。
「(ああそうか…。この人、好奇心か。おれのことも、競馬も、他のことも…。知りたいと思ったらなんでも、知らないと気が済まないんだろうな…)」
匠が頷いて見つめると
「でも、失礼は失礼ですからね…?」
すかさずそう、釘を刺していた。
「いいじゃんそんなことは、どうでもさあ。失礼かどうかなんていうことは。事実の前では意味がないだろう?」
圭が手を放りながら返事した。
「…じゃあ言います。口に海苔ついてます。さっきの和風パスタの海苔ですね…?」
圭を見て匠がつぶやくと
「え?うそまじ?おれさまの口に海苔?どこどこどこ!え?もっとここ左?」
早速海苔を削ぎ取っていた。
「取れた?サンキュー!」
快活な口調に
「ふふっ!」
匠が吹き出していると
「あ、もう仲良くなったみたいじゃん!いい人ねえ、匠さんて、圭ちゃん!」
戻ってきた愛が笑顔で告げた。
そんな愛を見て、圭が横に居る結衣の姿をチラリと見つめると
「どうだかなあ…、おれほどじゃないけどな。それから結衣ちゃん、上山ちゃんから、重大発表…」
「うわああああ!」
圭の言葉に匠は驚いて、とっさに圭の口を抑えていた。
「ふがふがほが…」
塞がれた手の中で、圭がもごもごと何かしていると
「おわあ!」
匠が上に手を挙げて、圭がにやりと見て微笑んでいた。
「しょっぱいなあ!」
圭のそのひとことに
「(舐められた…)」
固まる匠を見て
「まったくもう…。なんで男ってのは、こうバカな感じが好きかねえ…?」
愛が結衣に向け尋ねかけていた。
結衣は愛の言葉に頷きつつ
「でも匠さんは…頼りになります」
匠を真っすぐ見て答えていた。
愛は結衣を見て口に手をあてて、圭は横目で匠をうかがうと、頬を赤らめた結衣の眼差しに、匠はドキンと、立ち尽くしていた。
次回予告
レストランから外へと繰り出すと、二人っきりになった匠と結衣。
いい雰囲気に匠は意を決し、自分の気持ちを話しかけますが…
はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり