登場人物紹介
上山 匠(かみやま たくみ)
当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る
上山 善男(かみやま よしお)
匠の父。53歳。上山写真館2代目当主。競馬歴33年
上山 真弓(かみやま まゆみ)
匠の母。47歳。上山家を支えるベテラン主婦
三条 結衣(さんじょう ゆい)
匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う
前回までのあらすじ
昼休みに真弓に尋ねられて、結衣のことを話しはじめた匠。
普段とは違う真弓の態度に、新しい一面を知るのでした…
目次
競馬小説「アーサーの奇跡」第64話
第64話 こどもの日
「いらっしゃ~い♪」
ドアを開けた真弓に、結衣はきょとんと目を丸くしていた。
普段介護に出ている真弓とは、顔を合わせるのは初めてだった。
「あらやだ、ごめんなさい。わたしったら…。母の真弓です、匠がお世話に…」
そう言うと真弓は手を揃え、深々と結衣にお辞儀をしていた。
「お母様…!あの、三条結衣です。いつも大変お世話になっていて…。わたしの方こそ、恐縮です…」
結衣も深々とお辞儀をした。
「ふふ、ごめんなさい。一目見たくって、今日は会ってから出ることにしたの…。本当にわたし、驚いたわ…」
結衣の出で立ちに目を細めて、真弓が明るい声でつぶやいた。
「素敵な方だって聞いていたけど、それにしても、本当に素敵ねえ…。商店街で噂になるわけね…」
結衣を見つめて、頷いていた。
「あのわたし…。いつも匠さんにも、お父様にもお世話になっていて…。わたしの方こそこのお店で、働かせていただいて本当に…」
結衣は頬を赤らめながらも、なんとか真弓に返事をしていた。
「も~!本当、すっごくありがたいわ!あなたみたいな人が来てくれたら…。匠も本当、嬉しそうで!」
「えっ…?」
真弓が告げた言葉を聞き取って、結衣は一段と頬を赤くした。
そこに
「す、すみません!ちょっと準備を、父さんとやっていたもんですから…。ああ結衣さん、これが母さんです…」
匠が慌てて紹介した。
「まあ、匠。紹介してくれるの?ありがとね、でももう済んでるわよね?」
真弓は結衣にウインクをして、嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「はい…!」
結衣は真弓のその表情に、更に顔を真っ赤にして答えた。
「うん…?結衣さん。外暑かったですか?なんだかちょっと顔が赤いような…」
いつもと違う顔色を見て、匠が心配そうに尋ねると
「まったくもう、この子ったら本当…」
真弓が息を吐いて答えた。
「?」
きょとんとする匠を見つめて、結衣の方に真弓が向き直ると
「さあどうぞ。ごめんなさい本当、こんな子ですけどどうぞよろしくね。わたしはこれからすぐ出かけるけど、お菓子あるからくつろいで行ってね」
結衣の目を見て微笑んでいた。
「はい…!本当、ありがとうございます…。今日もまた、よろしくお願いします…」
結衣はもう一度お辞儀をして、いつも通り店に入って行った。
それからほどなく仕事が始まり、真弓はすぐ家から出て行ったが、昼休みがくると匠は結衣に、改めて朝のことを切り出した。
「―しかし結衣さん、いきなり母さんが扉を開けちゃって申し訳ない…」
匠が結衣にそう謝ると
「いいえ全然…。凄く優しくって、あたたかいお母様で嬉しくて…。先にご挨拶をいただいて、わたしの方こそすみませんでした…」
結衣はそんな匠を見つめて、同じようにそっと頭を下げた。
「それと今日は…あの撮影のあとで、お祭りに行くの大丈夫ですか…?」
匠が改めて尋ねると
「はい…!」
結衣は匠の顔を見上げて、嬉しそうに答えを返していた。
匠はこどもの日の撮影後に「まっくら祭り」が行われるため、これ以上ないデートの口実と、結衣にメールで相談をしていた。
結衣は変わらず嬉しそうなふうで、メールも快諾の様子だったが、青葉賞後の別れが気になって、対面での確認を取っていた。
「良かったです…。あの、今日のお祭りは、結構有名なお祭りですし、山車(だし)も出ますから迫力もあるし、きっと楽しんでもらえるはずです。屋台も出るし、人も多いですが、その分活気があっていいんです…」
匠はほっと一息ついて、カップの紅茶に手を伸ばしていた。
「楽しみです…ありがとうございます。匠さんには良くしていただいて…」
結衣もカップを手に取りながら、少しうつむき加減につぶやいた。
「…何か気になることでも、ありました…?」
匠が気がついて尋ねると
「いえそんな…大丈夫です、わたし…。それより迷子にならないよう、匠さん、近くに居て下さいね…」
結衣は穏やかにそう告げると、匠の目を黙って見つめていた。
「はい…」
匠は結衣の目に見つめられ、ひと言つぶやくのがやっとだった。
「…」
「…」
二人がじっと見つめ合っていると、時計の音だけが居間に響いて、静けさに包まれた部屋にはもう、まばたきの音さえ聞こえなかった。
「…」
「…」
匠はただ黙ったままドキドキ、胸の鼓動が高鳴っていったが
「ボーンッ!」
と鳴る振り子時計の音で、驚いて、とっさに我に返った。
「あ、終わり…もう行かないとですね…。すみません。なんだか、見つめたりして…」
匠が耳を真っ赤にしつつ、椅子を引いて静かに立ち上がると
「…」
結衣は腰掛けたまま、何も言わず、ただ押し黙っていた。
「あの、結衣さん…?」
匠が問いかけると
「あの…お手洗い…行かせてください…」
ポツリと結衣が言った言葉に
「は…はい!あの、その…すみませんでした…。おれ先に行くんで、ごゆっくり…」
匠は慌ててそう返すと、居間を出て階段を上っていた。
「(はあ…驚いた。結衣さん、なんだろう…。なんだかああいうムード初めてで…。なんだか凄く、きれいだったな…)」
耳を赤くする匠だった。
次回予告
終業後にまっくら祭りを見に、大邦神社へ行く匠と結衣。
突然走り出した匠を見て、結衣もその背中を追い駆けますが…
はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり