競馬小説「アーサーの奇跡」第54話 バカじゃないの?

登場人物紹介

上山 匠(かみやま たくみ)

当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る

上山 善男(かみやま よしお)

匠の父。53歳。上山写真館2代目当主。競馬歴33年

三条 結衣(さんじょう ゆい)

匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う

福山 奏(ふくやま かなで)

匠の幼馴染。18歳。近所の名店「ブラン」の一人娘

競馬小説「アーサーの奇跡」登場人物紹介

前回までのあらすじ

 

慌ててパドックへと駆けつけると、言葉を失ってしまった匠。

結衣に心で別れを告げながら、一人出口へ向かっていきますが…

競馬小説「アーサーの奇跡」第53話 障害戦

競馬小説「アーサーの奇跡」第54話

第54話 バカじゃないの?

 

パドックを一人離れた匠は、正門の出口へと向かっていた。

その広い空間には様々なイベントブースが立ち並んでいて、匠は人だかりの間を縫い、とぼとぼとうつむいて歩いていた。

 

「お兄さん!」

突然肩を叩かれ、匠がその声に足を止めると

「…」

白い顔を見上げて、無言でその声に振り向いていた。

 

「これをやりましょう!本日特別!」

赤いはっぴの男が言っている。

 

「…」

判断力をなくし、ぼうっとした匠が目を合わすと、はっぴをきた男が嬉しそうに、堰を切って匠に話しかけた。

 

「あのですね!いつもはこんな場所でイベントをやったりしないんですが、今日は特別に「ハッピーホース」のぬいぐるみの抽選をやってます!それもなんと今日は青葉賞への参戦を決めている馬たちから、それぞれひとつずつ当たるチャンスがある特別なくじをやっていま~す!」

匠にはもう青葉賞のことも、どうでも良いように感じていたが、話を遮る気力も湧かずに、ただ流されるままに応じていた。

 

「しかも今回は告知はなしです!お昼休みが終わるまでの間、短い時間だけの抽選です!この場所に運よく通りかかった人しかこのくじは引けないんです!このくじの箱から1枚引いて、早速運試しをしちゃいましょう!もちろん、外れくじはありませんし、最低でもティッシュは差し上げます!」

はっぴの男はにっこり笑って上機嫌で匠に話していた。

 

「いや、こういうイベントって大体、外れたら微妙な空気ですけど、最低でもティッシュがあるっていう、安心感がやりやすいですよね!」

匠はなぜこのはっぴの男の話を聞かねばならないのかとか、もうどうでも良くなって末等の「水に流せるティッシュ」に目を向けた。

 

「(あれを当てれば、涙がこぼれても、拭いてトイレに捨てていけるよなあ…)」

睨むようにティッシュを見つめていた。

 

「おや!お兄さん、凄いやる気ですね!?今日一番やる気を感じますよ!こういのって大概カップルの女性が嬉しそうにやるんですが、お兄さん当たるのを祈ってます!」

「ええ!もう、絶対当ててやりますよ!」

はっぴを来た男のずれた声に、匠は思いっきり答えていた。

 

「それじゃ、いきましょう!」

匠は心で

「(ティッシュ!)」

と意気込んでくじを掴むと、はっぴを来た男も変わらぬまま、興奮気味にそのくじを開いた。

 

「おおっとお!?」

その変な仕草を見て、匠も少し、口角を上げたが

「ティッシュ…」

と言う匠の声を消して、はっぴの男が大声で言った。

 

「やりました~!特賞当選です!なんと最後の特賞が的中!現在オッズでは2番人気の、アーサーのぬいぐるみを獲得だ~!」

カランカランと鈴の音を鳴らして、はっぴを着た男がそう告げると

「はあい…??」

という声を漏らす匠に、しっかりとそれが手渡されていた。

 

「やりました!さすが見込み通りのやる気の半端ないお兄さんです!獲りました!特賞を獲りました!この勢いで馬券も的中だ!」

はっぴの男が更にそう続け、周りの拍手喝采を求める。

匠はただぽかんと口を開けて、周囲の喝采に包まれていた。

 

そのあとは、ぬいぐるみを隣にベンチに腰掛けた匠だったが、持て余す大きさのそれをチラと、横目で見ながら唇を噛んだ。

 

「(はあ…いったいおれ、なにやってるんだ…。こんなでっかいぬいぐるみ抱えて…。失恋したばっかだってのに、アーサーの思い出が消せないじゃん…)」

結衣のことを思い出さぬよう、出口へと向かったはずの匠は、突然のことに混乱しながら、木陰のベンチで涙を浮かべた。

 

「(ああ、ちくしょう…。ティッシュが欲しかったな…)」

そう思った匠の近くで

「は~驚いた!」

という声が聞こえ

「いい子だな~!」

という声も聞こえた。

 

「でも本当、まさかあの結衣ちゃんがこんなところに一人で居るなんて。あまりしゃべったことはないんだけど、物静かで大人しい子だからね…。確か司書だか学芸員を目指してるって話していたような…」

女の声がそう言っている。

 

「ほんと、お嬢さんて感じだよな~!なんでお前はそうなってないんだ?今度結衣ちゃんの爪でも煎じて、飲ませてもらったらいいと思うぞ?」

男の声がそれに応えていた。

 

「はあ?最低!他と比べるなんてケイちゃんてほんとデリカシーがない!それに何?結衣ちゃん待たせるやつ、全然パドックに来なかったじゃん!男ってほんといい加減だよね!」

匠の耳がピクと反応した。

 

「ああいいな~。今日はデートだってよ!おれもあんな子と付き合ってりゃなあ~!なんだってこんな激しい女を可愛いと思ったんだか全く…」

男が呆れたような声色で女の声に返事をしていると

「うぎゃ~っ」

と大きな悲鳴が上がって、匠は一瞬で我に返った。

 

「(あの人たち、確か中山のときパドックで見かけたカップルだよな…。彼の方、結衣さんの隣に居た男と同じTシャツを着ている!じゃあいま、話してる結衣ちゃんてのは…)」

匠は急に頭が冴えて、目の前のことを整頓していた。

 

「痛ってえよお~!足踏まないでくれよ、おれのエレガントな足が潰れる~!」

「わざわざ嫉妬を買うからでしょうが!ほんとバカ!絶対いつか別れる!」

二人のやりとりに匠はしんと、黙ってその様子を見つめていた。

 

「冗談だよ、もう悪かったからさ!バカやってる方が盛り上がるだろ?おれはお前一筋だってばも~!それにお前が頼むって言ったし~!」

「まったく調子がいいんだから…!わたしがトイレに行ってるときだけ、結衣ちゃん見ててって言っただけでしょ?女の子を一人にしていったら、何が起こるか分からないんだから…!帰ったら何か口説いてるし、馬にひかれればいいと思ったわ!」

「いやだって、それは仕方ないじゃん!実際すげー可愛い子だったし!イタリア人なら口説かないことは失礼になるっていう話だぞ?」

「あんた日本人じゃん、バカじゃないの?それに最初から結衣ちゃんとっても大事な人と来たって言ったじゃん!待たせてるようなバカ男だけど、ケイちゃんなんか入る余地ないでしょ!」

匠は女の声を聞き取ると、ぬいぐるみを手に呆然と立った。

 

「え…?な…何…?あそこに人が居たの…?やだ、もうわたしったら…さっさと行こ…?」

「お…おう…おう…」

匠はその視線を感じつつも、立ち尽くしたままぼうっとしていた。

そして意識を切り替えるとすぐに、パドックの方へと駆け出していた。

 

「(…急げ!)」

匠は慌ててぬいぐるみを抱き、ひと気のないパドックへ駆け寄ると、そこには一人で立ち尽くしている、結衣の姿が目に飛び込んできた。

 

「(おれはなんてこと、していたんだろう…)」

泣きそうになりながら匠は、ふと気がついた結衣の笑顔を見て、ぬいぐるみを両手に掲げていた。

 

次回予告

 

誤解をしていたことが発覚し、結衣にとっさに取り繕う匠。

障害戦を当てた結衣と二人、昼食をとることになりましたが…

 

次回競馬小説「アーサーの奇跡」第55話 大事な人

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第53話 障害戦

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

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