競馬小説「アーサーの奇跡」第6話 匠の実家

前回までのあらすじ

 

滞在先の小倉へと戻って、夕食後に散策をする二人。

善男の講義に閉口しつつも、質問を続ける匠でしたが…

競馬小説「アーサーの奇跡」第5話 散策

競馬小説「アーサーの奇跡」第6話

第6話 匠の実家

 

匠の実家は、写真屋だ。

写真屋と言ってもラボではなくて、撮影が主の写真館だ。

写真好きの祖父の趣味が高じて、その祖父が開業した写真屋を、二代目の善男が引き継ぐことで現在までしっかり繋いでいる。

経営状態は悪くない。

写真業界がデジタル技術の躍進で窮地に立たされるなか、家族写真に力を入れてきた個人経営の写真館は、地道に、そして着実に地域の中をひたむきに生き抜いていた。

 

「ねえ、父さん」

「なんだ?」

「父さんはいつから、おじいちゃんの後を継ごうと思ったの?」

「ん?そうだなあ…」

一呼吸おいて善男が答えた。

 

「大体30くらいのときかな。最初は漠然としていたんだが」

「おじいちゃんは何も言わなかった?」

「ああ。そういうことをとやかく言う人じゃなかったよ。かと言って昔気質な頑固者というタイプでもなかったし、でも背中で語るというか、暗に期待は感じたな。」

「それでやっぱりやることにしたの?」

「どうかなあ…実はあんまりはっきり、いつというのは覚えていないんだ。他にやりたいこともなかったし。ただ、お店に来るお客さんが笑顔になって帰っていくのを見ていると、これは良い仕事かもしれないなと感じたりはしていたな」

「今は違うの?」

「ん?んん~。もちろん笑顔は嬉しいし、やりがいもある仕事だけど、店を構える覚悟というのは正直持ってなかったな。まだ若かったし、そんなもんだと思うが…」

「ふうん。」

 

なぜそんなことを聞くのか、という問いを投げかけることもなく、善男は匠に聞かれるがままに質問に対し答えを返した。

 

「…なあ匠。」

「?」

「さっきの繰り返しになるが、このライトアップされている城壁から、何を感じる?」

「さっきも言ったけど…きれいだよね」

「そう、きれいだ。で、なんできれいに見せる必要がある?」

「え?そりゃ、観光名所だから差別化を…じゃないの?」

「観光名所でなんで差別化なんだ?」

「いっぱい人に来てもらえるように…ってことじゃない?」

「そうだな。人が来なければカネにはならない。だから人を呼ばなくてはならない。人が来てくれるためには、きれいに見せる必要がある…」

「お金のためなんだね」

「浅い。生活のためだ。カネなんてそれ自体価値のあるものじゃない。それを必要とする理由、それこそが大事なんだ」

「お城がきれいであり続けるのは、色んな人に意味があるっていうこと?」

 

善男はコクンとひとつ頷くと、匠に視線を馳せて続けた。

「ここで働く人たちは、そりゃ直接利益を得ている人たちだ。周辺の商店街や駅や電車の会社の人たちも。でも、ただ城が好きだったり、癒されに来ている人もいる。目印として目的地の道標にする人も。ここにいつまでも城があって、きれいであり続けることには、いくつもの願いがある。父さんは今、そんな風に自分の仕事を感じてる。」

「じゃあ、後を継いで良かったんだね。」

「どうかな。もちろん悪くないと思うが、それで良かったのかどうかまでは…。でもこうしてお前と競馬できるし、やっぱり良かったみたいだけどな。」

ニヤりと笑った善男を見つめて

「結局最後は競馬かい…」

と溜め息を漏らす匠だった。

 

ただそんな善男に諭されながら、匠はこうも思うのだった。

「(父さん、おれにどうしろとか、どうしたいのかとか言わなかったな…)」

と。

 

次回予告

 

佐賀競馬の初観戦を終えて、小倉競馬に参戦する二人。

そこに一人の男が現れて…

 

*次回は競馬小説「アーサーの奇跡」第7話 小倉競馬場

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第5話 散策

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

 

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