前回までのあらすじ
長い写真判定をくぐり抜け、初勝利が確定したアーサー。
匠の初馬券の的中から、自然と笑顔になる二人でした。
目次
競馬小説「アーサーの奇跡」第5話
第5話 散策
小倉城がライトに浮かび上がる。
その下の遊歩道を連れ立って、匠と善男が散歩している。
「まさかラーメンで祝杯するとは、これは全く思わなかったな…」
美しい城壁を眺めながら、善男が物足りなげにつぶやいた。
それを見た匠は一息ついて
「また言ってる…」
と善男に応えた。
佐賀競馬場から二時間ほどの、小倉へと戻ってきていた二人。
食べたいものを善男に訊かれすぐ、匠は「ラーメン!」と返答をした。
「しかしまあ、好きなもんとは言ったが、本当にラーメンで良かったのか…?当たった額が額だっただけにな、これじゃお前に悪い気がしてなあ。まあ、それが良いと言ってるんだから、ラーメンで良かったんだと思うが…」
そんな善男に対して匠が
「父さん、お金は大事にしなよ。どうせいつかはハズレるんだからさ」
と釘を刺すように答えた。
「全くお前は何言ってるんだ。これじゃせっかく母さんが抜きでも、羽なんか伸ばせたもんじゃない。それに父さんの馬券の技術が、全く分かってないらしい。こうなったら来週は最初から、小倉競馬で鍛えてやるからな。新聞の見方にコースの見方、枠順の有利不利にペースの差…。面白そうだろ~」
にやけながら覗き込んだ善男に
「全く何が面白そうだよ。おれは馬が撮れればそれで良いの。第一よくまあ、あんなこまごまとした新聞の字が読めるもんだよ。父さん、このごろ細かい文字とか見づらくなったとか言ってたよねえ?」
匠があきれた口調で返すと
「ふん、分からんヤツめ」
と言って、善男はまた城壁を見直した。
「……なあ匠。なんでこの城壁が、ライトアップされているか分かるか?」
「なんだい急に」
「答えてみろ」
突然の質問に戸惑ったが、匠は5秒ほど首を傾げて
「皆がきれいで喜ぶからでしょ」
と浮かんだままにそう答えた。
「そうだ。でも、それだけじゃないだろう。このライトアップイベント自体は、小倉城のブランドイメージの向上が本質的なテーマだ。考えてもみろ、城は確かにそこにあるだけでも珍しいがな、それだけじゃ他の城と比べても存在自体は大差ないものだ。そこから一歩踏み出して見に来る人に価値を提供できなければ、観光の目玉としては収益を上げるまでのものには至らない。ただきれいで見とれるのも良いがな、主催者の考えを読み取るんだ。馬も同じようにきれいなんだが、それだけじゃ馬券は獲れんぞ、匠!」
分かったか!と言いたげな顔をして満足そうに言い放つ善男に
「っていうかさ、今、城の話じゃん。何で最後は競馬になるんだよ…」
と匠は溜め息を漏らした。
二人の九州滞在旅行は、一か月間に及ぶものだった。
そもそもの理由としては善男が
「今年はぜひ桜島に行きたい。あの風景をものにしたいからだ。そしてせっかくそこまで行くんなら、他にも寄っておきたい場所がある。だから今年は九州にしよう。それで良いか?匠。」
と、言い出したことによる。
善男は一人息子の匠を、幼い頃からよく可愛がった。
夏ともなれば休みを利用して、妻・真弓(まゆみ)と三人で旅に出た。
夏の旅行は毎年恒例の匠家の一大行事だったが、匠が高校生になる頃は、父子二人の旅行になっていた。
「ねえ父さん、母さんは元気かな」
匠がふと善男に問いかけると
「母さんのことだ。心配は要らんよ」
と善男がさらりとそう言った。
「母さんも、おばあちゃんの介護で毎日本当に大変だよね。本当は羽、伸ばしたいだろうに…。そういえばついさっきまで父さん、羽がどうとか言ってなかったっけ。母さんの方が本当は余っ程、羽を伸ばしたかったんじゃないかな…。」
母親を想う息子の言葉に
「それは、そうかも知れん。だが匠の考えは間違っている。羽を伸ばしたいのは父さんも、母さんにしても同じことだ。そしておそらくは義母さんだってな。これは比較できる問題じゃない。そうやって“どちらか“だけではなくて”どちらも“と思うことが重要だ。そうすることで競馬の予想にも、新しい見方が現れるんだ。」
善男が諭すように述べると
「だから何で、最後は競馬なわけ…。」
とまた匠は肩を落とした。
「はっはっは、匠。父さんはな、お前が成人したら一緒に競馬旅行をしたいと思って、この時を楽しみに待ってたんだ。母さんが一緒の時はさすがにそんなこと大っぴらに言えないし、今回も名目上は桜島を巡るための撮影旅行だ。でも、どうだ。お前も結構、競馬場に行けば楽しそうだったし、やっぱり血は争えんのだなあと、アーサーのおかげで実感できた。それからな、どんなに楽しくても競馬の本質はギャンブルなんだ。知っておいた方が良い考えは、日常からも色々と学べる。だからちゃんと耳を傾けておけ?こんなこと教えてくれる親父は、小倉城並にそうそういないぞ?」
「はいはい、それで小倉城なわけね…。一体いつまで続くのやら…。」
と呆れ顔の匠にすかさず
「ん?分かったか!」
と返事を促すように善男が問い掛けた。
それに対して匠は頷くと
「(なるべく喋らずに乗り切ろう…。)」
と城壁を見て思うのだった。
次回予告
夕食後の小倉城散策が競馬の講義へと変わった二人。
まだまだ善男の言葉は止まらず…?
はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり