競馬小説「アーサーの奇跡」第91話 二択

登場人物紹介

上山 匠(かみやま たくみ)

当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る

三条 結衣(さんじょう ゆい)

匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う

小川(おがわ)

謎の男。小倉で登場。匠の前に突然現れる

荒尾 真凛(あらお まりん)

女性騎手。22歳。アーサーの主戦を務める

滝沢 駿(たきざわ しゅん)

男性騎手。35歳。数多の名馬を知る天才騎手

競馬小説「アーサーの奇跡」登場人物紹介

前回までのあらすじ

 

不世出の天才・滝沢駿。

並びかける真凛の姿を見て、その過去がふと蘇るのでした…

競馬小説「アーサーの奇跡」第90話 天才・滝沢駿

競馬小説「アーサーの奇跡」第91話

第91話 二択

 

「―小川さん…?」

匠の尋ねる声に、小川はじっと前を見つめていた。

 

雨の打ちつける黒い傘のなか、固く口を閉ざしている小川に、匠は「アーサーを買った理由」について小川に話そうとしていた。

 

「…」

結衣も小川を見つめ、その様子をただ窺っていたが

「小川…?」

つぶやきながらはっとして、匠に振り返った小川だった。

 

「…」

一瞬ぼうっとして、反応が遅れた小川だったが、ふと鋭く匠の目を見やると

「なぜ買った…」

改めて問いかけた。

 

「…」

小川のその言葉に、再び息を整えた匠は

「それはその…。初めて出会ったとき、何かあったかい感じがしたから…」

視線を落としながら答えた。

 

「ザアアアア…」

強まる雨の中で、小川はじっと匠を見つめたが

「そうか…」

とだけポツリとつぶやくと、ターフビジョンにまた振り向いていた。

 

「あの、おれその…。笑われると思って、さっきはすぐ言えませんでしたけど…そういうの、笑わないんですね…」

匠がそう言って見上げると

「ふん…」

と言って小川は息を吐き

「…で、あんたは…?」

結衣にも問いかけた。

 

「同じです…」

結衣がポツリ答えると

「そうか…」

小川はすぐに口を閉じ、ロングフライトが先頭を走る、ターフビジョンをじっと見つめていた。

 

「…」

匠も黙ったまま、小川の様子を窺っていたが

「逃げと追い込み、どっちが正解だ…?」

突然、小川に尋ねられた。

 

「え…?」

匠も結衣も目を丸くして、互いにその目を見合わせていたが

「答えてみろ…」

小川のその言葉に

「分かりません…。二択は必ずしも、どちらかが正解とは限らない…。おれの父さんが言ってました…」

匠がうつむき、答えていた。

 

「ほう…」

小川はニヤリと笑ったまま、今度は結衣をチラリと見つめたが

「で、あんたは…?」

先程と同様に、その答えに聞き耳を立てていた。

 

「追い込みです…」

結衣がそう答えると

「(結衣さん…?)」

匠が結衣を見つめたが、結衣は言い切ると押し黙ったまま、小川の顔をじっと見つめていた。

 

「…」

小川はそんな結衣に

「くっくっく…」

笑い声を漏らすと、再びターフビジョンをじっと見て、何も言わず、ただ立ち尽くしていた。

 

「あの、正解は…?」

尋ねる匠に

「楽しみだな…」

小川がつぶやくと

「(なんなんだよ…)」

匠は首を傾げ、結衣と互いに目を見合わせていた。

 

「…」

そんな匠に結衣は、ふっと微笑むと視線を逸らして、再び小川のことを見つめると

「小川さんは…?」

そう尋ねかけていた。

 

「結衣さん…?」

結衣の意外なひと言に、匠が驚いて目を見開くと

「…」

隊列画面を見る、小川がつぶやくように切り出した。

 

「…13馬身…。まだ逃げるつもりだ。不良馬場だがインは死んでいない。普通の良馬場だったらこのまま、逃げおおせるかもしれないとこだが…」

結衣にポツリと言った小川を、匠はただ黙って見つめていた。

 

前半600mが過ぎて、ロングフライトが更に抜け出すと、中継カメラも引き気味になって、2番手以下が画面に映される。

 

水しぶきを上げながら進みゆく18頭の馬名が呼ばれると、中継カメラもズームアップして、先頭の状況を伝えていた。

 

―さあさあロングフライトが先頭!後ろを引き離して逃げています!後ろにはアーサーとビッグツリー、こちらは牽制する展開です!―

 

「(アーサーはビッグツリーと一緒に、ぴったり並走していくつもりか…。逃げでもない、追い込みでもない、先行は二択にはなかったけど…。結衣さんの答えも気になるし…。それに小川さん、なんて言うか…)」

匠も隊列を確かめて、再び小川を見つめるのだった。

 

「追い込みか…」

小川は低い声で、結衣の声にポツリ、つぶやいていた。

 

「ザアアアアッ…」

雨音が強まって、水しぶきが映像を遮ると、結衣は一旦匠と距離を詰め、カメラが濡れないよう、傘を寄せた。

 

「結衣さん…あの、ありがとうございます…」

結衣を見てつぶやいた匠に、微笑む結衣を横目で見やりつつ、小川はポツリ、声を返していた。

 

「追い込みだ…」

重たい声が雨に、流れるようにその場に溶け込むと、黒い傘を差す小川は再び、ターフビジョンをじっと見つめていた。

 

次回予告

 

不良馬場でも自分の戦法を信じて前に進む鞍上・伊達。

ロングフライトの走りを見つめて、匠が小川に尋ねるでした…

 

次回競馬小説「アーサーの奇跡」第92話 強心臓

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第90話 天才・滝沢駿

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

*ダービー編沸騰!学べる競馬純文学

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