登場人物紹介
上山 匠(かみやま たくみ)
当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る
三条 結衣(さんじょう ゆい)
匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う
北見 圭(きたみ けい)
愛の彼氏。24歳。競馬場でよく絶叫している
岩見沢 愛(いわみさわ あい)
圭の彼女。21歳。圭のお目付け役
前回までのあらすじ
はだけてしまった結衣の胸元に、目が釘付けになってしまう匠。
その後も結衣に翻弄されながら、胸の高鳴りを抑えるのでした…
目次
競馬小説「アーサーの奇跡」第79話
第79話 今なんて?
2レース目が終わったあと二人は、緑の丘で時間を過ごしたが、ダービーデイの混雑のなかでも、穏やかな時間を楽しんでいた。
「この前はほんと、こうしてゆっくりできなかったから嬉しかったです」
何気なく言った匠の言葉に
「はい…!本当、きれいなところですね…。ずっとここに居てもいいくらい…」
結衣が目を細めてつぶやいた。
「良かったです…。気に入ってくれたなら。この前はほんと、すみませんでした…」
眉を下げて返した匠に
「いいんです…。思い出になりましたし。それにまたいつか、来られたらなって…」
結衣も真っすぐに目を見つめて、自分の気持ちを話しかけていた。
「…」
「…」
青い空と緑の芝生の上、周囲のざわめきも遠のくなかで、向かい合う匠と結衣は互いに、何も言わず、視線を重ねていた。
「そ、それで…。今日の昼ごはんには、スタンドの上の方に行こうかと…。実はそこもあんまり今まで、使ったことがない施設ですから…。混んでるかもしれないんですが…」
匠がそう結衣に切り出すと
「はい、わたし…並ぶのも平気です。待ってる時間も思い出ですから…」
結衣がつぶやくように答えた。
「(なんか今…言えちゃいそうだったな。おれと付き合ってくれませんかって…。絶対、今言っちゃだめだよな…。アーサーも出てきてないんだし…)」
匠がそう考えていると
「―ところで今日は小川さん。やっぱり、この競馬場に来てるんでしょうか…」
結衣がふと、匠に問いかけた。
「さあ、どうでしょう…。どこかに居るかなあ…。神出鬼没な人ですからねえ…」
匠がそう首を傾げると
「そうですね…。なんとなくどこかでは、見ているような気がするんですけど…」
結衣が頷いて答えていた。
匠は結衣の言葉が気になって辺りを急いで見回してみたが、姿は見えず、再び結衣を見て、困惑した顔で切り出していた。
「う~ん…なんかそれ、ちょっと怖いなあ…」
引きつった匠の表情に
「ふふっ、小川さん。匠さんのこと、実は毎回追っかけてたりして…」
結衣がいたずらな声で言った。
「ええ!ちょっと…本当に、困ります。会いたくて会ってるんじゃないんだし…」
匠の困惑を見て結衣は
「冗談です…!」
くすっと笑いながら、嬉しそうに匠に返していた。
それから二人はメインスタンドの場内でエスカレーターを上り、上階のレストラン階へ出ると、混雑する店に入って行った。
「スターファイル…きれいなお店ですね」
匠が見渡してつぶやくと
「本当に。おすすめのオムライス、なんだかどれにしようか迷います…」
結衣がじっとメニューを見ていた。
「そういえば前も結衣さん昼食、確かオムライス頼んでましたね。おれも今日はオムライスにするかな…」
何気なくつぶやいた匠に
「えっと…はい。なんだか、ごめんなさい…。わたしオムライスばっかり食べてて…。代わり映えしなくてすみません…」
結衣がつぶやくように返した。
「いや、全然。おれなんかこのところ、たこやきパンばっかり食べてますし…。結衣さんが良ければいいんです」
匠が頷きながら言った。
「たこやきパン…。奏さんがつくった…」
「そうそう、あいつ凄いんですよ?今では看板メニューになってて、毎日売り切れてるみたいですし。おれが行くときも無いこと多くて、わざわざ取っておいてくれたりして…。中々気が利くやつなんです。あ、それはそうと、おれもオムライス、このデミグラスソースにしようかな…」
結衣の声に匠が返すと、結衣はただ黙ってうつむいていた。
「?結衣さん?あの、どうかしましたか?決まってたらおれ、声掛けますけど…」
「…あ、はい…ごめんなさい、ぼうっとして…。決まりました。違うのにします…」
「そうです?おれ、気にならないのに…」
そう言うと匠は手を挙げて
「すみません…!」
と店員を呼んでいた。
店員が注文を取るとすぐに、匠はメニューをパタンとしまって
「それはそうとおれ、待ってる間に、トイレに行ってきてもいいでしょうか。さすがにここなら酔っ払いに声、掛けられることもないはずですから…」
そう言った匠の顔を見て
「は…はい。あの、ありがとうございます…。匠さん、我慢していたんですか…?」
結衣がすかさず問いかけていた。
「いや、ははは…。そんな、大丈夫です。なるべく早く帰ってきますから…」
匠はそう言うと忙しく、足早に店の外へ出て行った。
「(わたしのばか…。奏さんにやきもち、やいてるところなんか見せたりして…。この前を気にして匠さん、お手洗いも我慢してくれたのに…)」
匠が見えなくなって結衣は
「(はあ…)」
一人、溜め息をついていた。
一方匠は用を済ませると、手を洗い、鏡を確かめながら
「(よお~し、頑張るぞ!)」
と意気込んで、頬を打ち鳴らし、店へと急いだ。
「―…?」
匠は戻るとすぐ、結衣の待つ席を確かめてみたが、見るとその席に結衣と向き合って、二人の男女が腰を掛けている。
「…?」
怪訝(けげん)な顔をしつつ、匠がそっと歩み寄っていくと、気が付いた結衣が軽く手を挙げて
「あ…匠さん」
とポツリつぶやいた。
「…相席です?」
匠がそう返すと
「きゃ~!この人?この人が結衣ちゃんの?」
女が黄色い声を上げた。
「(結衣さんの?結衣さんの…なんだろう?)」
匠が結衣に目を移してみると、結衣はうつむき、顔を真っ赤にして、チラと目を馳せてまた逸らしていた。
「すみません、匠さん…。今日たまたま、愛ちゃんと彼がお店に来ていて…」
結衣が目を逸らして答えると
「初めまして!わたし、岩見沢です!結衣ちゃんと同じ大学行ってて、「愛ちゃん」てみんなには呼ばれてます!隣は彼。北見圭って言って、警備会社で夜勤をやってます!」
愛が圭を見て紹介をしつつ、嬉しそうに匠に答えていた。
「そうですか…初めまして。あのおれ、上山匠っていう名前です。写真の専門学校行ってて…」
匠がそう答えを返すと
「うらやましい~!結衣ちゃんの彼なんて!相当ライバル多かったでしょ~?」
圭がすかさず、問いかけていた。
「(今、なんて…?結衣さんの、何だって…?そういう設定でもいいのか…?いやいや、正直に言わなくちゃ…)」
匠はそう心に決めると
「あ…いやおれ…。そのまだ、結衣さんとは…」
たどたどしく返事をしていた。
再び匠が結衣を見つめると、結衣は顔を真っ赤にしてうつむき、押し黙ったままテーブルを見つめ、じっと何も言わずに逸らしていた。
「…へ?そうなん?まだ付き合ってないの?こりゃ楽しい。そりゃほんまおもしろい…!それじゃあおれにもチャンスあるんじゃあ…!」
圭が笑顔になった瞬間
「あんぎゃ~!」
と叫び声が漏れていた。
「ちょっとうるさいよ!お店の外まで響くような声、出すんじゃないわよ!」
愛が圭にそう吐き捨てていると
「だってお前さあ!何も思い切り、おれの大事な足を踏まなくても…!おお痛ちち…嫉妬深い女だ…」
圭が思わず、つぶやいていた。
「…今、なんて?」
愛が目を見開いて、圭に顔を近づけて尋ねると
「は…はひい…。愛はほんと、可愛いと…」
圭がたじろいで答えていた。
そんな圭を見て肩を叩きつつ
「…よろしい」
愛がひとことつぶやくと
「ふふっ…」
結衣が小さく声を上げ、匠も
「はは…」
と苦笑いをした。
テーブルを囲み、頬を赤らめる結衣が愛の声に頷いている。
匠はその笑顔を見つめながら、オムライスをそっと頬張っていた。
次回予告
結衣と愛が席を離れたあいだ、二人で会話をする匠と圭。
煽るように尋ねるその態度に、匠は思わず、たじろぐのでした…
はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり