競馬小説「アーサーの奇跡」第77話 勝負の舞台へ

登場人物紹介

上山 匠(かみやま たくみ)

当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る

上山 善男(かみやま よしお)

匠の父。53歳。上山写真館2代目当主。競馬歴33年

三条 結衣(さんじょう ゆい)

匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う

競馬小説「アーサーの奇跡」登場人物紹介

前回までのあらすじ

 

日本ダービー当日を迎え、互いに決心する匠と結衣。

結衣が迎えに来るまでのあいだに、善男と話をする匠ですが…

競馬小説「アーサーの奇跡」第76話 日本ダービーの朝

競馬小説「アーサーの奇跡」第77話

第77話 勝負の舞台へ

 

「あの結衣さん…。今日もその、すみません…」

写真館を出た匠はすぐ、結衣に向かってひと言つぶやいた。

 

「いえそんな…。むしろ助かってます。今日は凄く人も多いでしょうし…」

結衣は匠にそう答えると、微笑んで、すぐ視線を伏せていた。

 

「(結衣さんは…。本当に可愛くて…。でも今日、最後になるとしたら…。いやいや、弱気になっちゃだめだ。結衣さんの気持ち次第なんだから…)」

匠が真剣な表情で、自分自身に言い聞かせていると

「あの、匠さん…。聞いてもいいですか…?」

結衣がふと、匠に問いかけた。

 

「はわ!何を…!いえ、心の準備が…!」

動揺する匠に向かって

「ダメですか…?」

結衣はそうつぶやくと、視線を伏せ、じっとうつむいていた。

 

「あ、いえその…。なんでしょう…すみません…」

匠が改めて尋ねると

「その髪型…。とっても似合ってます。もしかして、今日に合わせてわざわざ…?」

結衣が赤い顔で問いかけた。

 

「…」

匠がドキッとして、結衣の横顔をじっと見つめると

「…」

声がしなかったため、結衣も振り向いて、視線を合わせた。

 

「…」

「…」

二人は目を合わせるとすぐにまた、何も言わず、視線を伏せていたが

「あの…ありがとうございます、結衣さん…」

沈黙のなか、匠が切り出した。

 

「え…?」

結衣がふと匠を見上げると

「いつもその…。気にかけていてくれて。おれもちょっとは一緒に歩いても、悪くないようにしたいと思って…」

うつむいたまま、匠が言った。

 

「わたしその…。いつもその…素敵です。今日は今日で似合ってると思って…」

そんな匠の顔を見上げて、結衣が真っ赤な顔でそう返すと、不意に結衣を見た匠も思わず、耳を真っ赤にして、頷いていた。

 

「(上目遣い…。う…うう…張り裂けそう…)」

固まっている匠に結衣は

「あの今日も…よろしくお願いします…!」

とびきりの笑顔で告げていた。

 

「は、はい…!」

そう言った匠も結衣に、ぎこちない笑顔を送っていたが

「(ああダメだあ…。この笑顔失うの。絶対無理…立ち直れそうにない…)」

不安がかすめていくのだった。

 

そうするうちに段々と通りは、多くの人であふれかえってきて

「やっぱり、ダービーは凄いんだなあ…」

行列を見て、匠がつぶやいた。

 

「父さんが…一番観客数、多いレースだって言っていました…」

結衣を見て匠が続けると

「迷子にならないようにしましょうね…」

結衣が落ち着いた声で言った。

 

「そうですね…。でもちゃんと見つけます。結衣さんがもし迷っちゃったときは…」

「え…?」

匠の言葉に結衣は立ち止まり、きょとんと匠の目を見つめていた。

 

「あ…ああ、ほら。この前もお祭りで、迷子の子を見つけたりしたでしょう?おれってレーダーあるみたいだから、だからきっとその、見つけ出しますよ…。なんちゃって…はは…」

「…」

結衣は胸に手をあててうつむくと、匠を見て、穏やかに微笑んだ。

 

「信じてます…。そう思ってますから…」

目を細めてそう告げた結衣に

「え、ええ…はは…信頼に…応えます…」

匠は慌てて歩き出していた。

 

「(やばかった…。どうしよう、最初から…。勝手に足、動いちゃったじゃん…。この気持ち失くすの、怖すぎる…。気持ち…?いや違う、結衣さんか…?)」

匠は混乱する思考に、揺らぎつつ、入場門へ向かった。

 

入場門では当日の券を求める観客たちも見られたが、前回同様、匠は善男に貰った回数券を取り出した。

 

「はい、結衣さん…。この前の余りです。今回は赤い方を渡します。さて、なんで赤い方なんでしょうか…?」

匠が気紛れに尋ねると

「はい、えっと…。髪留めの色でしょうか…?」

結衣はすぐに答えを返した。

 

「正解です!よく分かりましたねえ。自分の視界に入ってないのに…」

「ふふっ!はい…でも選びましたから…。わたしの髪にも合うかなって…」

匠の驚いた表情に、結衣は微笑みながら返していた。

 

「ええ…良く似合ってますよ、赤い色…。それにその形、金魚ですか…?」

「はい!一見、そう見えませんが…。尻尾のリボンが気に入ってて…。それに金魚はわたしにとって、大事なラッキーアイテムなんです…!」

嬉しそうに告げる結衣を見て、匠の胸はまた高鳴っていた。

 

「(はあ…本当。「嬉しい」っていう字は、女の人が喜ぶって書くし…。結衣さんが喜ぶと嬉しい…)」

匠がそう立ち尽くしたまま、結衣の笑顔にただ見とれていると

「あ…そうだ。じゃあ、匠さんの青。これはどうして青になるんでしょう…?」

匠の視線を手で塞ぎながら、今度は結衣が匠に問いかけた。

 

「へ…?ええと…(手もめっちゃいい匂い…)ふが、あのう~んと、そうだ、靴の色…!」

目を塞がれた匠が言った。

 

「う~ん…惜しい!靴は藍色でした。正解はほら…ここの文字盤です」

そう言うと結衣は目から手を離し、匠の腕時計を指して言った。

 

「本当だ…。よく見つけましたねえ…。さすがは相馬眼の天才です…」

結衣はそれに頬を赤くして

「それはその…ほんとに偶然です…!今日もまた当てられるといいですね…」

目を輝かせて答えていた。

 

「(ああやっぱり…。ほんとに、眩しいなあ…)」

匠は耳を真っ赤にしつつ、微笑む結衣の顔に見とれていた。

 

入場門のゲートが近づいて、結衣を前にして一列に並ぶ。

それぞれの色の券を手に持つと、勝負の舞台へ連れ立って行った。

 

次回予告

 

ダービーにきっかけを託しながら、同じ時間を過ごす匠と結衣。

縮まる距離と意外な展開に、匠の胸は揺れ動くのでした…

 

次回「思わぬ強敵」は12月28日(水)公開予定です

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第76話 日本ダービーの朝

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

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