競馬小説「アーサーの奇跡」第73話 許しません

登場人物紹介

上山 匠(かみやま たくみ)

当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る

上山 善男(かみやま よしお)

匠の父。53歳。上山写真館2代目当主。競馬歴33年

三条 結衣(さんじょう ゆい)

匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う

福山 奏(ふくやま かなで)

匠の幼馴染。18歳。近所の名店「ブラン」の一人娘

競馬小説「アーサーの奇跡」登場人物紹介

前回までのあらすじ

 

まっくら祭りが終わった翌週、一人でパンを買いに行った匠。

奏が言った言葉が気になって、頭から離れなくなるのでした…

競馬小説「アーサーの奇跡」第72話 愛してる?

競馬小説「アーサーの奇跡」第73話

第73話 許しません

 

「それじゃ、また…」

閉店時間が来て、結衣にぽつりと匠がつぶやくと

「あの…今日もありがとうございました…」

結衣が匠に返事を告げた。

 

「いいのか?匠…」

つぶやく善男に、匠はコクリ頷いて見せると

「おれの方こそ。それじゃまた、来週…」

結衣に再び振り向き、うつむいた。

 

「…はい。来週、楽しみにしています。お父様も、匠さんも元気で…」

結衣はチラと視線を馳せると、頭を下げ、一人帰って行った。

 

「最近駅まで送っていたのに、結衣ちゃんもその気だったんじゃないか…?」

善男が匠に問いかけると

「うん…。あのさ、この前祭りの日に、たまたま奏に会ったんだけどさ…」

匠は送ろうとしたときに、結衣が拒んだことを話し出した。

 

「おれが居るのは結衣さんにとっては、かえって迷惑かもしれないから…」

うつむいてつぶやいた匠に

「それは何か話したかったんだろ?案外、お前のことだったりして…」

「え…?」

善男がさらりと言ったひとことに、匠は目を丸くしてつぶやいた。

 

「なにが「え?」だ。だってそりゃそうだろう?奏ちゃんを捉まえていたんなら。母さん以外でお前を知ってる女なんて他にはいないからな。まあ、おれの知る限りではあるがな…」

善男は別段気にも留めず、匠に続けてそう答えていた。

 

「そ、そうなの…?でも、奏に聞いたら、大学のこととか話してたって…」

「お!それじゃあ、ちょっと違うかもなあ…。つきまとってくる男がいるとか…?」

善男は鼻の下を伸ばして、好奇の目で匠を見つめていた。

 

「なんだよもう、心配をしてるのに…!」

睨むように返した匠に

「…だったらなんで、送らなかったんだ。つけられてるかもしれないってのに…」

呆れた目で善男が返した。

 

「そ、それは…!やっぱ、ちょっと見てくる!」

匠は善男の声を聞いて、焦って玄関を飛び出していた。

 

「まったく…案外、世話がやけるなあ…」

善男はひとつ溜め息を吐き、閉まる扉を見て微笑んでいた。

 

「(どうしよう、ストーカーなんか居たら…)」

焦って結衣を追った匠に

「(…あ!)」

青信号で向かいへ渡る、結衣の姿が目に飛び込んできた。

 

「結衣さん…!」

声が届かなかったため、息せき切って駆け出した匠は、赤信号になったのも気づかず、そのまま車道へ飛び出していった。

 

その瞬間、向かいの歩道に居る人たちが驚いた顔をすると、異変を察した匠も

「(あれ…?)」

と信号を確かめてみるのだった。

 

「あ…赤だ…」

匠がそうつぶやき、不意に焦りが胸に込み上げると

「パパパパパーーーッ!!」

クラクションを鳴らして、横からトラックが突っ込んできた。

 

「パーッ!パパパーーーッ!!」

警笛が近づいて、車体が壁のように押し寄せると、匠の体は不意に硬直し、脚の感覚も奪われていった。

 

「(ああ、だめだ…脚、力入らない…)」

迫りくるトラックを見つめて

「パパパパパーーーーッ!!!」

音量が高まると、匠の頭は真っ白になった。

 

「(―…)」

ただじっとそれを見て、匠がぼうっと受け入れていると、結衣の声が脳裏に蘇って、ドクンと胸を打ち鳴らすのだった。

 

「―初めまして。三条結衣です」

「この公園、とっても素敵ですね」

「匠さんて、なんか面白いです」

「サンタクミロースさんなんですから…」

「ずっとわたしのそばに居てください」

「わたしと一緒に居るの、嫌ですか…?」

「いんです…わざとでも…」

 

まるでスローモーションを見るように、トラックが目の前に迫るなかで、突然鳴り響いた結衣の声に、匠ははっと気づいて前を見た。

 

「(―走らなきゃ…まだギリギリ間に合う…走るんだ…走れ、このまま先に…。おれはまだ結衣さんに全然…本当の気持ち、伝えられてない…!」

すくんでいた脚を動かして、匠はなんとか動き出していた。

 

歯を食いしばり、無心で手を伸ばし、向こう側へと地面を蹴りつける。

トラックは匠を覆い隠して、運転手はブレーキをかけていた。

 

「キキキキキーーーッ!」

その音が鳴り響き、周囲が凍てつく雰囲気になると

「バンッ!」

と鳴った扉の隙間から

「馬鹿ヤロ~~~!」

と罵声が響いていた。

 

ほどなく周囲が騒然となって、トラックが慌てて走っていくと、なんとか歩道に転げ出していた、匠はその場にへたり込んでいた。

 

「ドッドッド…」

ペタンと腰を落とし、力なくうつむいている匠が

「(あ、あぶなかった…)」

と思う間に、ぽつりと背中に声が掛けられた。

 

「匠さん…?」

匠がふと振り向くと、口に手をあてた結衣が立ち尽くし、へたり込んでいる匠を見つめて、怯えたような目で見下ろしていた。

 

「ああ、結衣さん…。よかった、お会いできて…。すみません…おれ、送っていかなくて…」

よろよろと立ち上がる匠は

「(…っていうかこれ、おれがストーカーかよ…)」

はっとして血の気が引いていた。

 

そんな匠を結衣が無言のまま、怯えた目で見ているのが分かると

「(これはやばい…。結衣さん、引いちゃったよ。まずい、早く誤解を解かなくっちゃ…)」

青い顔で匠が続けた。

 

「…ごめんなさい。怖がらせちゃったかな。心配して、送りにきたんですが…。ああ痛てて…。ただそれだけなんです。他には何もないので、お許しを…」

息を切らしながらつぶやいた。

 

「…許しません…」

結衣のそのひとことに、匠が

「(がーん…)」

と結衣を見つめると

「ひかれちゃう…」

結衣が震える声で、目を潤ませて、ぽつりとつぶやいた。

 

「―…」

それから匠の手を、結衣が掴み取るように手を出すと、何も言わず、ただ黙ってそのまま、車道のそばから連れ出して行った。

 

「あの、結衣さん…?」

ふらふら歩きながら、つぶやくように匠が尋ねると、沿道の並木道で立ち止まり、匠を石のベンチに座らせた。

 

「あ…えっと…。おれもう平気ですし、結衣さん帰るのが、遅くなっちゃう…」

力ない匠の声を聞き

「ぐすっ…」

結衣は隣でうつむくと、何も言わず、涙を拭っていた。

 

「すみません…また、手を貸してもらって…」

匠が結衣を見てつぶやくと

「―…」

結衣はうつむいたまま、押し黙って、肩を震わせていた。

 

「まったくはは、ストーカーでしたよね…。怖がるのも、無理はないですよ…。引かれちゃうのも、仕方ないです…」

がっくりとうなだれる匠に

「…匠さんのばか…」

結衣はそう言って、震える手で匠を掴んでいた。

 

次回予告

 

間一髪、歩道に滑り込んでトラックに轢かれずに済んだ匠。

一方善男はダービーに向けて、調教タイムを確認しますが…

 

次回競馬小説「アーサーの奇跡」第74話 猛時計

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第72話 愛してる?

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

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