競馬小説「アーサーの奇跡」第69話 ありがとう

登場人物紹介

上山 匠(かみやま たくみ)

当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る

三条 結衣(さんじょう ゆい)

匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う

競馬小説「アーサーの奇跡」登場人物紹介

前回までのあらすじ

 

結衣の不安をやわらげようとして、そっと耳元でささやく少年。

帰り際に何度も振り返って、その笑顔を焼き付ける結衣でした…

競馬小説「アーサーの奇跡」第68話 たこやき

競馬小説「アーサーの奇跡」第69話

第69話 ありがとう

 

結衣が昔のことを思い出して、迷子の少女の手を取っていると

「―こっちです!」

警官を先導して、匠が急ぎ足で戻ってきた。

 

「もう大丈夫」

匠が手を繋ぐ、少女と結衣を見つめて微笑むと、連れてきた警官に振り返って

「この子です」

真剣な声で言った。

 

「…匠さん、ありがとうございました」

結衣が匠にそう声をかけると

「こちらこそ。むしろ助けられました。結衣さん居るなら呼びに行けますし…」

結衣の手を取った少女を見て、匠は再び、笑いかけていた。

 

「―そうですか、それじゃあすぐに行きます」

警官が無線で何か話すと

「―いまこの子の母親が来ています。交番にご同行願えますか?」

匠と結衣は互いに見合わせて

「やったー!」

と二人で喜んでいた。

 

「良かったねえ、これでもう大丈夫…!」

匠が少女にも伝えると

「うん!」

と言う少女も笑顔になり、結衣の手を取って、歩き出していた。

 

交番に着くと少女の母親、そして正樹の姿が目に入り、匠はとっさに

「あれ、正樹さん!?」

と正樹に向かって話しかけていた。

 

「匠くん!?なんだ久しぶりじゃない!今日はお祭りを見に来てたんだね…!?」

再会する少女の隣で、結衣が目を潤ませているあいだに

「はい、そうです。凄い人混みだけど…!」

正樹と匠が話していた。

 

正樹はもう出世して交番の勤務とは違う場所を得ていたが、時々その子供を連れてきては、匠の家にも顔を出していた。

 

「君は迷子を捜す名人だな」

事情を察した正樹が告げると

「随分昔の話ですけどね…」

匠ははにかみつつ答えた。

 

結衣はその会話が耳に入って、チラと匠の方をうかがったが、何も言わず、また視線を戻して、抱き合った少女と母を見ていた。

 

「本当に、ありがとうございました…!」

親子との別れ際匠は

「あ、それから…。ほら、これ君にあげる」

小さな光るボールを差し出した。

 

「わあ、きれ~い!これ、わたしにくれるの?」

嬉しそうに手に握った少女に

「―悪いあとには、いいことがなくっちゃ…!」

匠はそう言って微笑んだ。

 

少女と母親がお礼を言って、人混みの中へと姿を消すと、案内した警官がそれを見て

「それじゃ、調書を…」

と話しかけていた。

 

「いい、いい。匠くんなら要らないよ。そりゃ表彰するってならいいけど…。彼女を待たせたら野暮だろう?」

正樹はそう言うとふっと笑って、交番から二人を解放した。

 

「楽しんで」

二人を見た正樹に、匠と結衣は笑顔で頷くと

「さあ、行きましょう!」

と匠が手を打ち

「あっちです!」

結衣を案内していた。

 

「すごい美味い、たこやきがあるんです…!」

匠が嬉しそうに結衣に言うと

「楽しみです!」

弾む声で返した、結衣の目もきらきら輝いていた。

 

それから二人は人混みを避けて、熱々のたこやきを頬張ったが、はふはふ言う匠に結衣がふっと

「ありがとうございました…」

と言った。

 

「ん?いえ、ほら…。父さんのお金だし、遠慮なくどんどん食べてください。まあ偉そうなこと、言えないですが…」

匠が結衣に返事をすると

「そうじゃなくて、あの女の子のこと…」

結衣がつぶやくように答えた。

 

「ああ、いいえ…。ただ見てられなくって。迷子って可哀想じゃないですか。せっかくお祭り見に来ているのに、心細い思い、しているなんて…」

匠がつぶやくその言葉に

「匠さん、本当に優しいです」

結衣が隣で頷いて答えた。

 

「あ、いやその…ありがとうございます。でも結衣さんが居なかったら多分、すぐに声をかけられませんでした」

神妙な顔で言う匠に

「どうしてです?」

結衣は首を傾げて、不思議そうに匠を見上げていた。

 

「今って昔よりも声掛けとか、色々厳しくなっていますから。女の子だし、男だと色々、誤解されたりするのつらいですし…。そんな場合じゃないと言っても、おれも大人になっちゃってるんだし…」

匠がそう言ってうつむいた。

 

「匠さんならきっと平気だって、あの子も思っていたと思います」

隣で見つめる結衣のひと言に

「だといいです…。でも結衣さんが居るし、何とかなるとは思っていました…」

匠は頷きながらポツリ、たこやきを一つ、頬張って言った。

 

「そう言えばさっき知り合いの方が、名人だねって言ってましたけど…。匠さん、いつもああして毎年、迷子を保護したりしてるんですか?」

結衣が何気なく問いかけると

「まひゃか。違いまふ。もうずっと前に、たまたま女の子の迷子が居て。そのとき交番勤務してたのが、さっきあそこに居た正樹さんです。今日はお祭り見に来ていたのかな…?」

食べながら返したその声に

「(女の子…?)」

結衣は首を傾げた。

 

「その女の子は、どんな子でしたか…?」

結衣が不思議そうに尋ねると

「フードをこう、深々被っていて。あまり目立つ感じじゃないんですが、きれいな目で、きれいな声をしてて。なんだか優しい感じの子でした。あのときは金魚あげたんですけど、生き物だと困っちゃったかなって…。だからさっきの子には屋台で、目についたボール、買っておきました」

匠はフードを引く仕草で、結衣の問いかけにそう答えていた。

 

「そうでしたか…。それで光るボールを…」

結衣は胸の鼓動を抑えて、匠の声にコクリと頷いた。

 

「…それで今だから言っちゃいますけど、前の時はその女の子を見て、男だろ!って言っちゃったりもして…。女性に見られていない方が、自分を出しやすいかなと思って…」

結衣は匠のその一言に、驚いて、じっと匠を見つめた。

 

「おれなりに必死だったんですけど、やっぱり傷ついちゃったかもなって。帰り際もこっちを振り返って、何か言いたげな顔をしていたし…」

結衣はその言葉を聞き取って、溢れた涙に顔を伏せていた。

 

「はわ!結衣さん…。あの、どうしたんですか?おれまた何か言っちゃってましたか…?」

焦って尋ねかける匠に

「違うんです…。いいお話だなって…。きっとその子、言いたかったんですよ…。ありがとうって…また会いたいねって…」

結衣は両手で顔を抑えて、震える声でそうつぶやいていた。

 

「結衣さんこそ本当、優しいです…。なんだか救われた感じがします。女性にそう言ってもらえるんなら、あながち間違いじゃないのかなって…。結構、気になってましたから…」

そう言うと匠もうつむいて、ひとつになったたこやきを見ていた。

 

次回予告

 

泣いた後でもいつもと変わらずに、元気を失わない結衣の瞳。

人混みに押され、急接近する二人は言葉を失うのでした…

 

次回「素直にちゃんと」は11月2日(水)公開予定です

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第68話 たこやき

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

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