競馬小説「アーサーの奇跡」第67話 きれいな声

登場人物紹介

上山 匠(かみやま たくみ)

当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る

上山 善男(かみやま よしお)

匠の父。53歳。上山写真館2代目当主。競馬歴33年

三条 結衣(さんじょう ゆい)

匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う

競馬小説「アーサーの奇跡」登場人物紹介

前回までのあらすじ

 

10年前のまっくら祭りの日、春とはぐれて迷子になった結衣。

一人途方に暮れているところに、少年が手を差し伸べるのでした…

競馬小説「アーサーの奇跡」第66話 祭りの夜に

競馬小説「アーサーの奇跡」第67話

第67話 きれいな声

 

「これ、いいの…?」

泣き止んだ結衣の手は、綿あめをしっかりと握っていた。

 

少年は

「いいよ」

と手を差し伸べ、結衣が立ち上がるのを助けていた。

 

「なんか、ごめん…」

つぶやいている結衣を、少年がじっくり見つめていると

「きれいな声…。君、いい声してるな…」

驚いたように答えていた。

 

「え…?」

結衣もきょとんと目を見開いて、少年の顔を不意に見つめたが、どう返せばいいか分からなくなり、何も言えず、また顔を伏せていた。

 

「(男の子に、きれいな声だなんて…)」

初めて褒められたことでつい、結衣は慌てて視線を泳がすと、深く被ったフードの先端を、ぐっと下に強く引っ張っていた。

 

「男同士、心配はないからな。それじゃまず、父さんのとこに行こう…」

少年は辺りを見渡して

「あっちだ!」

指を差してそう言った。

 

「(男…)」

という言葉を聞き取って、結衣は学校を思い出していた。

 

「―やだよ、あんなヤツ」

掃除当番の結衣はウサギ小屋で息をひそめた。

 

放課後の生き物係の仕事。

帰りがけのクラスの男子たちが、結衣に気づかずに会話をしていた。

 

「やっぱ奈々が一番かわいいだろ!エプロンだってすげえ似合ってたし!」

調理実習の話をしながら、男子たちがウサギを囲んでいる。

 

「でも家庭科なら三条だってさ、オムレツめちゃくちゃ上手く焼いたじゃん!」

結衣のことが話題に上ったので、結衣は一人、裏で固まっていた。

 

「やだよあんなヤツ。なんか暗いもん、「三条暗い」っていう感じじゃん!」

何気なく言った男子の言葉に

「(がーん…)」

と結衣はショックを受けていた。

 

「それに小声だし、小声っていうか、喋ってんのかも良く分かんねえし。ちゃんと聞こえるように喋れよなあ!」

「(う…)」

と結衣は胸を抑えていた。

 

「お前らなあ、そんなこと言うなよな。言っていいことと悪いことがある」

「なんだよ池、お前好きなんじゃねえ?」

その声に結衣は身をすくめていた。

 

池はクラスの女子たちの間で「プリンス」と呼ばれるほどの人気で、公平平等、正義感強い、クラスでも目立つ存在であった。

 

「(池くん、わたしをかばってくれてる…?)」

小屋裏に隠れている結衣に

「どうなんだよ」

と言う声が聞こえて、結衣は尚更出て行けなくなった。

 

「―うるさいなあ…」

池がひとこと言うと、その他の男子がはやし立てたが

「(池くん…)」

と結衣が覗こうとすると

「おれだってやだよ、あんなヤツはさあ…」

ピタッと結衣の足がすくんでいた。

 

「だよな!なんか男みたいだしな!いつも灰色のパーカー着てるし、なんかすっげえ地味な感じだしな!」

男子たちはウサギたちを撫でると、乱れ歩きながら帰って行った。

 

「(…ひどい…)」

結衣はウサギ小屋の裏で、一人ほうきを持って涙ぐんだ。

「(男の子なんて、いなくなればいい…)」

 

「―そうだちょっと、これやってから行こう!」

結衣が回想していると突然、少年が立ち止まって振り向いた。

 

「おじちゃん、一回!」

少年がすぐにポケットから100円を差し出すと

「おう!ほら坊主、しっかり狙ってな!」

金魚すくいの網をもらっていた。

 

「(今、やるの…?)」

結衣は訝しんだが、少年は結衣を隣に誘うと

「まあ、見てな」

と言って水を切りつつ、さっと手を回して金魚を取った。

 

「(あ、すごい…)」

結衣がそれを見つめると

「よし、一匹!」

と少年が言ったが、いかにも元気そうなその金魚が、尻尾で網を叩き破っていた。

 

「ほっほっほ~、残念だな、坊主~!網が破れちゃあ、そこでお終いだ…!」

金魚売りはにかっと笑って、「また来いよ」と少年に告げていた。

 

「ちぇっ!まったく…たった一匹かよお…。父さん小遣いもっとくれりゃなあ…」

口をすぼめて言う少年に

「ふふっ…」

と結衣が何気なく笑うと、少年も

「はは…」

と苦笑いをした。

 

「寄り道とか、ちょっと楽しいよねえ?」

屈託なくそう言った少年に

「…そうだね…」

結衣もふっと頷くと

「ああ、あれだ」

と少年が返した。

 

「ほら、あそこ。あそこで父さんがさ、商店街の人と飲んでてさあ…。競馬の話ばっかりしてるから、お金くれないと暇なんだよねえ…」

少年はそう言って指を差すと、テントの中へと踏み込んでいった。

 

「父さん、ちょっと緊急事態だよ!この子迷子になっちゃったんだって!どうしたらいいか分かんないからさ、ちょっと何とかしてあげてくれない?」

少年がそう告げると父親が

「おう匠!もう遊んできたのか?早いなあ、小遣いを使い切るの。もうちょっと弾切れ起こさないよう、工夫して使わなくちゃいけないぞ?」

そう言って二人に近づいた。

 

「(匠…)」

結衣が名前を聞き取ると

「おお迷子!可哀想によしよし、おじちゃんが今、なんとかするからな!」

父親がフードをポンポンと、頭の上から叩きつつ言った。

 

「(…)」

結衣は黙ったままで、為すがままにその身を委ねていた。

 

次回予告

 

手を差し伸べた少年の名前を、そっと記憶の中にしまった結衣。

別れ際の少年のひと言に、何度も後ろを振り向くのでした…

 

次回:競馬小説「アーサーの奇跡」第68話 たこやき

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第66話 祭りの夜に

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

*読むと、競馬がしたくなる。読んで体験する競馬予想

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