競馬小説「アーサーの奇跡」第66話 祭りの夜に

登場人物紹介

上山 匠(かみやま たくみ)

当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る

上山 善男(かみやま よしお)

匠の父。53歳。上山写真館2代目当主。競馬歴33年

三条 結衣(さんじょう ゆい)

匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う

競馬小説「アーサーの奇跡」登場人物紹介

前回までのあらすじ

 

祭りの高揚感でつい結衣に、胸の内を吐露してしまう匠。

慌てて取り繕う匠はふと、迷子を見つけて駆け出すのでした…

競馬小説「アーサーの奇跡」第65話 まっくら祭り

競馬小説「アーサーの奇跡」第66話

第66話 祭りの夜に

 

「わたしのママ…どこ行っちゃったんだろ…」

結衣の腕に抱かれた少女が、震える声でポツリとつぶやくと

「きっと今…あなたを探してるよ…。すっごく心配をしてるから…」

結衣が包み込むようにそっと、涙を拭いながら答えていた。

 

「…」

少女は黙ったまま、不安気な顔でうつむいていたが

「…お姉ちゃんも昔、迷子になって…。でも助かったから大丈夫…」

結衣のその声に顔を見上げ、目を丸くしながら問いかけていた。

 

「…お姉ちゃんも…?」

少女のその言葉に

「うん。昔…」

結衣はポツリと言って、不安そうな少女の目に映った、自分の過去を思い出すのだった。

 

それは結衣が十一歳の五月、同じこどもの日の出来事だった―

 

「―お母さん、どこに行っちゃったんだろ…」

結衣はまっくら祭り当日、母・春を探して彷徨(さまよ)っていた。

 

「どうしよう、6年生にもなって…」

進級したての十一歳、結衣は春がたこやきを買うあいだ、人混みの奥に光る山車(だし)を見て、つい春の元を離れてしまった。

 

「(すごいすごい、お神輿が光ってる…!)」

たこやきが焼けるまでのあいだ、ほんの僅かな出来事であったが、春が携帯を開いたのを見て

「ちょっと見てくる!」

と駆け出して行った。

 

「あ、結衣!ちょっとここで待ってなさい…!」

春が引き留めようとした瞬間

「へい、お待ちい!アツアツになりますよ!」

会計で呼び止められてしまった。

 

「(見つからない…。こっちにもいなかった…)」

結衣が山車を見ているあいだも、春はたこやきを持って探したが、結衣の姿はどこにも見つからず、人混みの中で憔悴(しょうすい)していた。

 

「結衣―!」

と呼ぶ春の声は聞こえず、春は人混みを分けて探したが、その頃結衣はたこやき屋に戻り、きょろきょろと周囲を確かめていた。

 

「―いい?結衣。お祭りは人が多いし、勝手にどっか行っちゃだめだからね。それに知らない人についてったり、声かけられても黙っているのよ」

普段「祭りに行こう」など言わない春との約束をしっかり守り、春とはぐれても結衣は一人きり、自分だけを頼りに探していた。

 

「(どうしよう…。せっかく今日お母さん、お祭りまで連れてきてくれたのに…)」

結衣と春は母子家庭のため、夜出かけることは珍しかった。

そのため結衣も舞い上がってしまい、普段の落ち着きを失っていた。

 

「(たこやき屋さんに聞いてみたいけど、男の人は怖いし、話せない…)」

父のいない結衣は男性に、気後れしてしまうところがあった。

 

「(どうしよう、どこに行けばいいのかな…)」

結衣は不安でいっぱいだった。

 

「どうしたよ~!坊主、きょろきょろとして~」

そんな結衣に声を掛けたのは、真っ赤な顔の酔っ払いであった。

 

「おっちゃんと飲むか~?あ~、飲まんよなあ~?飲んじゃあだめだ~、お前にゃ早すぎる~!」

かっかっかと笑う声を聞き、結衣は一瞬、足がすくんでいた。

 

「(怖い…おかあさん…!)」

逃げるようにして、結衣は人ごみの外へ飛び出すと、大きな木陰に身を隠しながら、呆然と人混みを見つめていた。

 

「(どうしよう怖い…それに帰れない…)」

電車に乗って見に来た結衣は、財布も春しか持っていないため、お金もなく、一人切符を買って、家に帰ることすらできなかった。

 

「(―…)」

どうすることもできず、不安と空腹で疲れた結衣は、木陰でじっと一人うずくまると、目に涙を溜めて自分を責めた。

 

「(わたしのばか。なんで離れちゃったの。6年生にもなって恥ずかしい…)」

責めなければ今の自分さえ、保てない気分に落ち込んでいた。

 

「(どうしよう…。このまま会えなかったら…)」

結衣はついに限界になって、ひっくひっく、むせび出してしまった。

 

「(だめ、泣いちゃう…。もうわたし、だめだよう…)」

目に涙が浮かんだ瞬間

「―もしかして…迷子…?」

と覗き込む、少年が目の前にしゃがんでいた。

 

「どうしたの…?」

綿あめを手に持って、心配そうに尋ねる少年に、結衣は下の唇を噛みながら、潤んだ目でコクと頷いていた。

 

「やっぱりかい…?君、可哀想だなあ…。でもおれ詳しいから、安心しな…」

少年は見守るような目で、黙ったままの結衣に答えていた。

 

「…」

結衣は涙をためて、少年の顔を改めて見たが、心配そうに見つめる眼差しに、一気に我慢の涙があふれた。

 

「うわあああ~!」

泣き出したその声に

「うわ!びっくりした!」

と少年が言い、泣いている結衣を真っすぐ見つめて、宥めるようにひと言切り出した。

 

「泣くなよ、男だろ!?大丈夫さ。父さんに言えば何とかなるから…」

結衣は青いデニムにパーカー、髪も短く揃えていたために、薄暗い木陰のそばで尚更、性別が分かりづらいようだった。

 

「うわあああ~!」

少年のその声に、結衣が更に大声で泣き出すと、少年は頭をポリポリと掻き、手に持つ綿あめを差し出していた。

 

「おいおい君…。そんなに泣くなってば。ほらこれやるから、まず落ち着いてさ…」

結衣はまだ少しむせびながら、白い綿あめに手を伸ばしていた。

 

次回予告

 

迷子になった結衣を立ち上がらせ、父の元へと連れ出した少年。

つらい記憶を思い返す結衣に、思いがけないことを言うのでした…

 

次回競馬小説「アーサーの奇跡」第67話 きれいな声

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第65話 まっくら祭り

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

*読むと、競馬がしたくなる。読んで体験する競馬予想

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です