競馬小説「アーサーの奇跡」第65話 まっくら祭り

登場人物紹介

上山 匠(かみやま たくみ)

当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る

上山 善男(かみやま よしお)

匠の父。53歳。上山写真館2代目当主。競馬歴33年

三条 結衣(さんじょう ゆい)

匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う

競馬小説「アーサーの奇跡」登場人物紹介

前回までのあらすじ

 

結衣にどうしても一目会いたいと、時間をずらして家を出た真弓。

静かな居間の中でただ匠は、結衣と眼差しを重ねるのでした…

競馬小説「アーサーの奇跡」第64話 こどもの日

競馬小説「アーサーの奇跡」第65話

第65話 まっくら祭り

 

「気をつけて」

善男の声を聞いて、匠と結衣が写真館を出ると、いつもと違う雰囲気で賑わう、沿道を見て匠がつぶやいた。

 

「やっぱりもう、人がいっぱい居るな…」

興奮気味に言った匠に

「楽しみです…。山車(だし)も出るんですよね…」

目を細めた結衣が問いかけた。

 

「そうなんです、きっと驚きますよ…!」

嬉しそうに返した匠に

「楽しみです…!」

結衣は微笑みながら、匠の答えに返事をしていた。

 

二人が大邦神社に向かって近づくと突然花火が上がり、それを合図にいよいよお祭りの雰囲気も更に高まっていった。

 

「あの花火が開始の合図ですよ」

匠が嬉しそうに結衣に言うと

「わあみんな、待ち構えていますね…」

結衣が辺りを見てつぶやいた。

 

「この場所はちょっと、まだまだこれから沢山の山車が入ってきますし、今のうちにもっと奥の方まで、雰囲気を覗きに行ってみましょう…!」

匠の声に頷きながら、結衣も隣で一歩を踏み出すと、活気づく屋台の並びの中へ、少しずつ匠と歩いて行った。

 

「あの、わたし…」

その中で結衣がふと、匠に向かってポツリつぶやくと

「はい、なんです…?」

匠はすぐ振り向き、微笑みながら結衣に尋ねていた。

 

「―…」

何か告げようとして、再びうつむいて黙った結衣に

「結衣さん…?そうか、お腹減ってますね?遠慮なくいつでも言って下さい。おれ今日またお金、もらっちゃってて…」

匠が苦笑いで答えた。

 

「…はい…あの、すみません。ほんとにいつも…」

結衣が匠を見上げて言うと

「今日はちょうど「こどもの日」だったでしょ?仕事もしたし、もう成人だけど、結衣さんとお祭りに行くならって…父さんが一封くれました」

匠はどんな顔をすべきか、困ったような顔で話していた。

 

「お父様にお礼、お願いします…。本当に良くして下さって。わたしからは何もできなくて…」

匠に向かって目を伏せつつ、結衣が謝るように答えていた。

 

「…結衣さんには、お世話になってますよ。今日なんか母さんも出てきちゃって…。みんな結衣さんを好きみたいで、おれの気持ちなんか、霞んじゃいます…」

「え…?」

匠はつい祭りの雰囲気から、解放的な気分でいたために、何気なく本心を告げるような言葉がつい、口から出てしまった。

 

結衣は立ち止まり、ただ黙ったまま、匠の目を真っすぐ見つめていた。

 

「(あ…えっと…。おれ、何言ってるんだ…。今のは絶対、やばかったよなあ…。引いてるじゃん…。結衣さん、固まってる。そりゃそうだよ…祭りも序の口だし…)」

匠は冷や汗が出てくると、屋台の方に目を逸らして言った。

 

「あ…ははは…。ほら、焼きとうもろこし。煙のせいで目が霞んじゃうなあ…。おれってほんとに霞みやすいから…。さあもっと奥の方に、行きましょう…」

結衣の目を見ることもできずに、匠が奥に向かって踏み出すと

「そんなに煙は来ていないですが…」

結衣が屋台を見てつぶやいた。

 

「(やばかった…今のは、やばかった…。半分告白しちゃってたよなあ…?でもまあなんとか、ごまかせたかなあ…?)」

黙って奥へ分け入って行く、匠の背中について行く結衣が

「あの、匠さん…?」

そう尋ねるとすぐ

「あれっ…?」

と声を出した匠だった。

 

「―…?」

結衣が匠を見つめ、匠が結衣の方へ振り返ると

「あの、結衣さん!一緒に来てください…!」

急に脇道へ飛び出して行った。

 

その声に結衣が目を丸くすると、匠は屋台の脇を通り抜け、まっすぐ暗がりへ走っていくと、結衣も慌てて背中を追いかけた。

 

「あの、匠さん!どうかしたんですか…!?」

結衣が後ろから声を出すと、匠はほどなくピタッと止まって、暗がりに向かい、話しかけていた。

 

「どうしたの?もしかして…迷子かい?」

結衣が追い着くと暗い木陰から

「…うん…」

と言う小さな女の子が、匠の目の前に現れていた。

 

「…大丈夫。もう大丈夫だから。ほら、優しいお姉ちゃんも一緒だ。お兄ちゃん、この場所は詳しいから、すぐに交番に連れてってあげる…」

落ち着いた声で言う匠に、女の子が目を丸くしていると

「知らない人に、ついてっちゃダメって、ママが言ってたから、わたしだめなの…」

涙を浮かべて答えていた。

 

「…偉い偉い。約束を守ってる…。じゃあもうちょっとここで頑張ろっか。すぐにお巡りさんにお話して、来てもらうからここで待っていてね」

匠の言葉に頷きつつ、女の子はじっとうつむいていた。

 

「あの、わたし…。この子とここに居ます。匠さんがまた戻ってくるまで…」

結衣の申し出を受け匠は

「助かります。ぜひ、そうしてください。暗がりで申し訳ないんですが…。なるべくすぐ、連れてきますから」

すぐ人混みへ駆け出していた。

 

「うええええ~ん…!」

その瞬間突然、少女が大声で泣き始めると、その様子を見た結衣は微笑んで、ゆっくりと腕に抱きしめて言った。

 

「大丈夫…。もう大丈夫だから…」

宥めるようにそうつぶやくと、結衣は肩を揺らす少女の髪を、慈しむようにそっと撫でていた。

 

次回予告

 

不安を抱える少女を抱きしめ、涙のあとを拭いて宥める結衣。

少女の声に結衣は忘れ得ない、過去の記憶を思い出すのでした…

 

次回:競馬小説「アーサーの奇跡」第66話 祭りの夜に

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第64話 こどもの日

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

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