登場人物紹介
上山 匠(かみやま たくみ)
当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る
上山 善男(かみやま よしお)
匠の父。53歳。上山写真館2代目当主。競馬歴33年
三条 結衣(さんじょう ゆい)
匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う
荒尾 真凛(あらお まりん)
女性騎手。22歳。亡き父・栄一に代わり転厩直後のアーサーの緒戦に臨む
前回までのあらすじ
アーサーの仕上がりをうかがいつつ、結衣に相馬眼を教わる匠。
ファインダー越しに映った景色に、シャッターをすかさず下ろすのでした…
目次
競馬小説「アーサーの奇跡」第57話
第57話 青葉賞・発走
―スタートしましたー!―
実況の声が響くと匠は、すぐにシャッターを切り落としていた。
「(よしばっちり、ゲートを出ていったな…)」
ゲートを出るアーサーの表情を、匠はしっかりレンズに捉えた。
―さあさあどの馬が先手を切るか!まずは序盤のポジション争いだ!おお~っと速い、もう出して行ったぞ!ロングフライトが既に先頭だー!―
青葉賞はゲートが開くと、ロングフライトが先頭を主張、後続を更に突き放すように馬場の良い内目を走っていった。
「なんて速い…」
匠の驚きにも、結衣は落ち着いた口調でポツリと
「良かった…。ちゃんとスタートが切れて…」
アーサーを見てつぶやいていた。
―行った、行った、ロングフライト逃げる!やっぱりこの馬が出て行きました!今日も大逃げか、わき目もふらずに後続を更に突き放していくー!―
事前に善男から情報を得た匠が想像をしていたよりも、ロングフライトが逃げるスピードは、遥かに速いものに感じられた。
「なんて速い…父さんはこの馬を差せるかどうかと話していたけど…」
カメラを下ろした匠がふと、ターフビジョンを見ながらつぶやくと
「でもアーサーも良さそうなところで、我慢できているように見えますよ…」
アーサーを見つめていた結衣が、匠の声にそっと答えていた。
「ワアアアアッ!」
そんな二人の声を、かき消すほどの歓声が聞こえて、スタンド前を颯爽と駆け抜け、ロングフライトが上昇していく。
そんな状況を盛り立てるように、実況も興奮気味に伝えた。
―さあさあ前へ行くロングフライト!来るなら来いという強気姿勢だ!1コーナーを回ってから既に、10馬身以上間が開いたー!―
逃げていくロングフライトには、ベテラン・伊達の存在があったが、伊達は強心臓として知られる、「勝負師」の異名を持つ騎手だった。
「いいぞ、伊達ー!どんどん差を広げろー!誰も付いて来れるやつはいねえぞー!」
ロングフライトを応援するファンの声もどこからか飛んできて、その追い風に乗るようにベテラン・伊達は更に前へと逃げて行った。
―全く手綱を緩めません、伊達!ペースを落とすつもりはないようだ!ご覧ください、中継のカメラがもう限界の位置に引いていますー!―
ロングフライトは大逃げを打つと後続を振り返る素振りもなく、まっしぐらにインコースを進んで、馬群を更に引き離していった。
「こ…これは…。さすがにこんな逃げは、ちょっと有り得ないと思ってました…。あんなに差が広がっていたら、後ろの馬には届かないんじゃあ…」
匠は冷や汗をかきながら、それを見て小さく声を漏らした。
「大丈夫…」
ポツリと言った結衣も、ぬいぐるみを強く抱きしめていた。
―いよいよ前半の1000mだ!通過タイムが気になるところです!…あ~っと出た!出ました!1000m、57秒4の計測です!これは速い!相当のハイペース!勝負師・伊達が博打を打ちました~!―
実況アナウンスが聞こえて、場内にどよめきが巻き起こると
「今日の芝なら何とかなるはずだー!行っちまえ~!」
ファンも叫んでいた。
「おいおい、3歳春でこの距離を、あのペースでぶっ飛ばして行くとは…」
「前走だって58秒、きっぱり逃げ切って見せただろうが!伊達ならきっちり逃げ粘るはずさ…!」
「そもそもこれくらいで行けなきゃ、ダービーでヤツのライバルはいねえ…!」
匠は周囲の声を聞いて「ヤツ」が誰なのか推測していた。
「(ビッグツリー…、きっとビッグツリーだ。弥生賞でアーサーを差し切った…。末脚で勝てないとなったら、前でいかに粘るしかないもんな…。アーサーはそれで敗れたけど…)」
弥生賞で敗戦を喫し、アーサーは皐月賞を回避した。
その皐月賞を制していたのが、他でもないビッグツリーであった。
「―3冠だって狙えるんじゃないか?」
中山でファンが話すその声を、匠はまだはっきり覚えていた。
「(ビッグツリーが特別というのは、目の前で見たし、分かっているけど…。おれにはアーサーよりも他に、特別な馬なんて居ないからな…)」
ロングフライトの位置から見て20馬身は離されたところで、2番手集団の外に位置する、アーサーをじっと匠は見つめた。
「今日の芝はイン前有利だから、ハイペースでも残るかもしれない…。父さんがそう言っていました」
ポツリと結衣に言った匠に
「そうですか…。わたしは詳しいこと、全然何も分からないんですが…。それでも、アーサーを信じます…」
結衣もつぶやくように答えた。
―向こう正面を過ぎて行きますが、ロングフライトの独壇場です!人気に応えて後続各馬を凌ぎ切ることはできるのでしょうか!もう30馬身は広がったぞー!―
いよいよスタンドのどよめきも頂点に達したところだったが、段々とロングフライトの逃げに、楽観視する声も聞こえてきた。
「よし、さすがにこれなら大丈夫だ!さすがに後ろも脚が届かねえ!」
「おおそうだ、あの馬はバテないし、これじゃあ仕掛けどころが分からねえ!ほかの騎手たちもペースが分からず今頃混乱しているだろうよ!」
周囲のそんな声を聞きつつ、匠はただ黙って見つめていた。
「(だめなのか…アーサー…。このまんまで、何もできないで終わっちゃうのかな…)」
結衣もぬいぐるみを抱いたまま、黙って実況画面を見ていた。
次回予告
逃げるロングフライトから離れて、2番手の位置に留まるアーサー。
真凛の焦る仕草に観客も、勝負の行方を想像しますが…
前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第56話 シャッターチャンス
はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり
ラップがサイレンススズカの秋天と一緒のタイムですね
すごい馬ですね
学生さん、お久しぶりです!
お気づきいただけて光栄です^^
ラップは初心者の方には伝わりづらいのですが、競馬予想に親しむ方には衝撃が伝わりやすいと思い記述しました。
フィクションとして楽しめること、現実に役立つことを両立させたいと思っています。
「競馬恋愛ノウハウ小説」として他にはないものを目指しますので、よろしくお願いいたします☆