競馬小説「アーサーの奇跡」第51話 緑の丘

登場人物紹介

上山 匠(かみやま たくみ)

当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る

上山 善男(かみやま よしお)

匠の父。53歳。上山写真館2代目当主。競馬歴33年

三条 結衣(さんじょう ゆい)

匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う

福山 奏(ふくやま かなで)

匠の幼馴染。18歳。近所の名店「ブラン」の一人娘

競馬小説「アーサーの奇跡」登場人物紹介

前回までのあらすじ

 

結衣とスタンドに二人腰掛けて、1レース目を観戦する匠。

結衣の質問に困ったところを、「あの男」に助けられるのでした…

競馬小説「アーサーの奇跡」第50話 お知り合いですか?

競馬小説「アーサーの奇跡」第51話

第51話 緑の丘

 

「そうだ、結衣さん。まだ2レースですし、アーサーが出るまで時間あります…。良かったら散策しませんか?」

黙ってじっと見つめる結衣の追及をかわそうとして匠は、ふと思いついた言葉をとっさに、いぶかしんでいる結衣に投げかけた。

 

「…」

まだ結衣はじっとして、黙って匠を直視していたが

「あの、結衣さん…」

たじろぐ匠を見て

「…わかりました」

と小さく頷いた。

 

「(うん、なんだかおれ、疑われてるな…。そんなに変な動きしたかな…。でも実際、知り合いだけれど、なんだかよく分からない人だしな…)」

そう思って黙った匠に

「でも匠さん…ここご近所ですし、お知り合いの方も多いですよね…。お顔だけ覚えている方も、ここにはいっぱい居るはずですよね…」

さっきまで見つめていた結衣が、今度は視線を下げてつぶやいた。

 

「ごめんなさい、想像力がなくて…」

続けてそうつぶやいた結衣に

「あ…全然、そんなことないですよ。気にすることなんて何もないです。そうそう、それよりここに関しては、他の競馬場よりは知ってます。だから結衣さんを案内したくて…。せっかくの地元民ですから」

ほっとした匠が答えると、屈託なく結衣に微笑んでいた。

 

そんな匠の視線を受け取って

「ありがとうございます…」

と言う結衣に

「じゃあ、行きましょう」

と匠が促し、4コーナーの方へ足を向けた。

 

「匠さん、来るときはお父様と…?」

結衣が歩きながら尋ねると

「そうですね…。数えるほどですけど、何度か連れてきてもらったりして…。ほらうちは、土日なら普段は営業してるから無理なんですが…。月曜とか平日にたまに、払い戻しのついでに来たりして。まあ、走り回っていましたね…」

そう思い出を語る匠に

「かわいいです、そういう昔話。でもあっちは、走っていませんよね…?」

競走用のコースを指して、結衣が微笑みながらそう尋ねた。

 

「ふふ!結衣さん、あそこは行けませんよ。今無理なの分かって聞いたでしょう…?」

笑いながら返した匠に

「すみません、もしかしたらと思って…!」

結衣も明るい声で返した。

 

「(良かった…。こんな良く晴れているし、やっぱり知ってる場所は助かるな…)」

匠がそう頷いていると

「他にはどんな時に来たんですか?」

結衣が嬉しそうに問いかけた。

 

「そうですね…。そういえば何回か、花火大会を見に来たりもして…。奏のやつと家族ぐるみで、スタンドで見ていた時期もあります。そういう時は店も早じまいで、父さんが最終レースやったり…。結構人が来るんですよね…」

「奏さんご家族と一緒に…。本当に仲良しなんですね…」

「まあ、幼馴染というやつで。最近あいつパンを作るの、何だか一生懸命やってて。おれもちょっと見習わなきゃなと…」

そう微笑む匠を見つめて、結衣は

「そうですか…」

とつぶやいていた。

 

「それはそうとほら、結衣さん。こっちは、芝生の上に腰を下ろせますよ。そのまま座るのもオツなんですが、一応レジャーシートを持ってます。これでどこでも特等席ですし、早速こっちに広げちゃいましょう!」

結衣のうつむいた顔に気づかずに、明るい声でそう言った匠に

「そうですね…じゃあ、こっち持ちますね…!」

結衣も切り替えるように言った。

 

4コーナーが見渡せる丘には観覧用の芝生が広がって、午前中の青空がよく映える緑とのコントラストが光った。

 

「匠さんはいつもここに来るとき、この場所にシート敷かれるんですか?」

結衣が匠にそう尋ねると

「いや、それが…。父さんと来るときは、あんまりのんびりしたことがなくて…。奏たちと花火見るときも、スタンドで席を取ってましたから…。ここは歩いたことはあっても、実は座ったことなかったんです。前からこの芝生でこんなふうに、のんびりしたらどんなに良いかって…」

空を眩しそうに仰ぎつつ、匠が嬉しそうに結衣に告げた。

 

「そうですか…。わたしも初めてです。嬉しいです、こんなきれいな場所で…」

結衣も空に手をかざしながら、嬉しそうにその目を細めていた。

 

次回予告

 

緑の丘に結衣を残したまま、アイスクリームを買いに行く匠。

戻ってくると予期せぬ光景に、すぐさま駆け寄って叫ぶのでした…

 

次回競馬小説「アーサーの奇跡」第52話 アイスクリーム

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第50話 お知り合いですか?

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

*読むと、競馬がしたくなる。読んで体験する競馬予想

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です