登場人物紹介
上山 匠(かみやま たくみ)
当物語の主人公。20歳。アーサーをきっかけに競馬を知る
上山 善男(かみやま よしお)
匠の父。53歳。上山写真館2代目当主。競馬歴33年
三条 結衣(さんじょう ゆい)
匠の憧れ。年齢不詳。佐賀競馬場でアーサーと出会う
福山 奏(ふくやま かなで)
匠の幼馴染。18歳。近所の名店「ブラン」の一人娘
前回までのあらすじ
匠への気持ちを胸にいだいて、新商品を作り上げた奏。
そんな真意に気づかずに匠は、いつも通り会話をするのでした…
目次
競馬小説「アーサーの奇跡」第44話
第44話 寄り道
「お疲れ様、今日も助けられたよ」
写真館の一日が過ぎていき、善男が結衣にそう声をかけると、二人の後ろから準備を終えた匠が玄関に駆けつけていた。
「おい匠。今日はこれをやるから、結衣ちゃんと欅(けやき)にでも行ってこい」
靴を履こうとする匠に向かい、善男が耳打ちするように言うと、四つ折りの五千円札をさっと、匠のポケットへ差し入れていた。
「え、いいの…?」
善男を見た匠に
「このところ結衣ちゃんには随分と、世話になっているところだったしな。それにお前、「娘さんですか」ってお客さんにも聞かれているんだぞ?お前知らないだろうけど結構、商店街でも噂になってな。あんな子がウチに来てくれただけで、そりゃ幸運だったとは思うけど…。ずっと居てくれたらいいだろう?」
善男の直球の質問を受け、一瞬固まった匠だったが、コクコクと善男を見て頷くと、チラと結衣の方に視線を馳せた。
「?」
結衣は二人の視線に気がついて、少し首を傾げて見せていたが、匠が
「あ、いや…もう出られますから。すみません、こんなところで待たせて…」
そう言うと小さく頷いた。
「そうだ匠、それからこれをやろう」
善男が今度は「競スポ」を出すと
「競馬欄にアーサーの記事がある。今回の記事は大切な記事だ。欅で結衣ちゃんとお茶をするなら、多分ちょうどいい話題になるだろ」
そう言って匠の手に握らせた。
「う…うん。じゃあ、ちょっと行ってくるから」
匠が善男に返事を返すと
「今日もありがとうございました」
と、善男に結衣が深く一礼した。
「こちらこそ」
善男がそう返すと
「じゃあ行きましょうか」
と匠が告げて、匠と結衣は二人で外へ出て、欅の方へと歩き出していた。
「…匠さん?駅は逆じゃないですか?」
きょとんとした結衣が問いかけている。
「ええ…。実はついさっき父さんから、お茶でもして来いって言われまして。遠回りにはなっちゃうんですけど、喫茶店経由で帰りませんか?結衣さんにはお礼もしたいですし」
突然、駅とは逆の方向へ歩き出した匠に驚いたが、結衣はすぐにその意味をのみ込むと
「はい」
と嬉しそうに匠に告げた。
「でも、いいんですか?バイト代も出て、そのうえお茶までご馳走になって。なんだか私が来るとマイナスに…」
結衣は嬉しそうではあったが、胸に手を当てて匠に告げると
「いいんです。だって結衣さん来てから、本当にお客さん増えましたし…。それに予定あるんじゃなければ、その、おれもお茶したいところですし…」
終業後の疲れで匠も、緊張せずにそれに答えていた。
「…わたし、いつも真っすぐ帰るだけで、予定とか入れたりはしてないです。あ、そうだ。でもちょっとお母さんに、メールだけは送ってもいいですか?」
結衣が思い立ってそう言うと
「もちろん。むしろすみません、なんだか。突然のことだったものですから…」
匠もすぐにそれに頷き、すまなそうに結衣に頭を下げた。
結衣はそんな匠に微笑みかけ、それからすぐにスマホを取り出すと、匠の歩く速さに合わせつつ、母親に向けてメールを送った。
「…送りました。これで大丈夫です」
送ってすぐ結衣が匠を見ると、匠はその視線を感じながら
「(父さん、サンキュー)」
と心で言った。
「…わあ、あのお家の屋根、素敵ですね…。あの先の木の影もきれいで…」
結衣は欅までの道のりも、慈しむように見て歩いていた。
匠はそんな結衣の声を聞いて、地元が愛おしく感じられたが
「(そういえば確か、公園でパンを食べた時も似たように感じたな…)」
匠はそのことを思い出し、ふと結衣の横顔を見るのだった。
やがて二人はレンガでできている門の前まで連れ立って歩くと
「ここです」
と匠が門扉(もんぴ)を開き、結衣がその中へと続いて行った。
「こんな素敵なお店があるなんて…」
店の隣にある竹藪がサラサラと春風に揺られている。
嬉しそうに目が合った結衣を見て
「良かったです」
と匠が微笑んだ。
店内の電球の光が漏れ、淡い光が二人を包み込む。
「それじゃ、いきましょう…」
店内へ続く木戸をゆっくりと匠が開けると、煌々と光る照明のなかに、二つの影が溶けていくのだった。
次回予告
いつもとは違う雰囲気のなかで、改めて結衣を意識する匠。
とっさに目を移した新聞から、アーサーの動向を知るのでした…
はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり