競馬小説「アーサーの奇跡」第25話 激闘

前回までのあらすじ

 

いつもとは違い、強敵相手にズルズルと下がってしまうアーサー。

諦めかけた匠の耳元に、結衣のつぶやく声が聞こえて…

競馬小説「アーサーの奇跡」第24話 強豪激突

競馬小説「アーサーの奇跡」第25話

第25話 激闘

 

―さあ、いよいよ各馬終盤戦だ!4コーナーのカーブに入ったぞ!先頭は大井ホワイトタイガー、そしてビクトリーロード一騎打ち!後続は3馬身離れた場所、アーサーが必死に粘っています!しかし手応えはかなり苦しいか、鮫浜が追うも差は縮まらない!―

そんな実況に身をすくめている匠の隣で前を静視して

「…隠してる」

と結衣がひと言だけつぶやいた声が匠に聞こえた。

 

「結衣さん、今なんて…?」

「匠さん、諦めないでください。アーサーはまだ何か持っています」

「え…?」

 

そう聞こえたのも束の間、今度は何かがアーサーを追いかけてくる。

それはまるで海に浮かぶ冷たい氷のように砂を滑っていた。

匠はそれに既視感を覚えた。

「(そうだ、あれは前走でも感じた―)」

 

ノースペガサスと沖の脚だった。

 

―さあ、いよいよ大詰めになりました!先頭2頭が直線に入る!このまま2頭で決着するのか、アーサーもぎりぎり粘っているぞ!…おおーっと、ここで何か後ろからスルスルと差してくる馬が居るぞー!来ました、来ました、ノースペガサスだ!沖の風車が唸りを上げているー!―

なんとか2頭から離されまいと必死の様相のアーサー目がけ、今度は後ろから外を回ってノースペガサスが強襲してくる。

沖のムチが風車のように回りその脚が益々加速していく。

手応えも溜めた分だけアーサーよりも残されているように見えた。

 

―前2頭の一騎打ちの様相、これを3馬身差で追うアーサー!更に外からはそれを目標にノースペガサスが突っ込んできたぞ!おお?しかし3番手のアーサー、何やらまだ余力が残っている!無敗馬の意地か、凄い二枚腰!もう一度前に上がっていったぞー!―

まるで結衣にはそれが見えたようにアーサーは二枚腰を繰り出した。

そして手繰り寄せるように抜け出す前の2頭との差を縮めていく。

その背後には馬体を併せんとノースペガサスが縋りついていた。

 

―これはとんだ展開になりました!早目に仕掛けたビクトリーロード、連れて競り合ったホワイトタイガー、さすがにスパートが早かったのか、後続との差が縮まってきます!―

3馬身あった先頭との差は今はみるみる内に詰まっていて、1馬身半、1馬身差そして半馬身差へと縮小していた。

駄目だと思った匠の心に再び火が灯るような気がした。

 

―これは大変なことになりました!最後の直線、人気4頭が1馬身差圏内にひしめいた!前2頭もまだ頑張っているがアーサーしぶとく差を詰めてくるぞ!更に外からは沖の風車ムチ、ノースペガサスが更に加速する!沖の津波がまとめて前を行く3頭を容赦なく飲み込むのかー!―

もうあと100mないくらいの直線最後の攻防に入り、4頭それぞれが全てを懸けてゴールを目指して馬体を併せた。

スタンド前の歓声に各馬が最後の力を振り絞っている。

 

―さあ、もうゴール前50m、僅かにホワイトタイガー出ている!しかしビクトリーロード、アーサーにノースペガサスも重なっているぞ!これはものすごい激闘になった、人気4頭が死力の激突―!―

ワアアアアッ!

「沖~!…けー!」

「ホワイト…~!」

大歓声の場内は全く誰が何を言っているか分からず、実況アナの音声もなんとか聞き取れるくらいの歓声だった。

 

―いったい誰が栄冠を得るのか!2歳チャンピオンはもう目の前だ!ホワイトタイガー!ビクトリーロード!アーサー!ノースペガサス突っ込んだー!―

粘り込むホワイトタイガーの右、張り付くようにビクトリーロードが。一番外からは唸りを上げてノースペガサスが馬体を併せる。アーサーはその狭い間にある一頭分の間隙を走って、4頭横並びの状態からなんとか頭を出そうとしていた。

「アーサー!」

隣に居る結衣がアーサーに向け、精一杯の声を送っている。

その声だけを聴きとって匠は胸がいっぱいになるのを感じた。

 

―全日本2歳王者は一体、どの人馬が勝ち取ったのでしょうかー!―

ゴールの瞬間は誰が勝ったか、全く誰一人分からなかった。

 

次回予告

 

大接戦のVTRを見て、ただ立ち尽くしていた匠と結衣。

写真判定が長くなると見て、突然どこかへ消える結衣でした。

 

次回は競馬小説「アーサーの奇跡」第26話 無言の会話

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第24話 強豪激突

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

 

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