前回までのあらすじ
馬場入場後のアーサーへ向けて、心から声援を送る二人。
全日本2歳王者を争うゲートへと各馬が誘導されて…
目次
競馬小説「アーサーの奇跡」第24話
第24話 強豪激突
―スタートしましたー!―
実況の声とともにアーサーとライバルたちが一斉に飛び出す。
ライバルたちを抑える勢いでアーサーが一頭抜け出していた。
「よし、いいスタート!」
匠も声が出るほどアーサーはしっかりと好スタートを決めたが、大井競馬から参戦しているホワイトタイガーもすぐ出て行った。
―アーサー好スタートを決めました!しかし各馬も出遅れはいません、そして早速ホワイトタイガーと的山が前に並んでいったぞー!―
実況アナの声が響きわたる。
レースはスタンド前を2周する1600mのコースだが、1周目の直線は先頭を争う2頭がまず前に立った。
―アーサー好スタートで出ましたが、ホワイトタイガーが競りかけました!どちらも逃げを身上としている、譲るに譲れないという構えだ!これは序盤から激しい先行争いの様相を呈しましたー!―
実況アナもやや興奮気味に先行争いを口にしている。
「おいおい、あの2頭がぶっ飛ばしちゃ、差し馬には天国なんじゃないか」
「よっしゃあ、今度こそ沖の勝利よ。さあ、いったれ沖、溜めて爆発だ!」
二人組が意気を高くしている。
あまり序盤に速く行き過ぎるとハイペースになり後ろが差し込む。
匠は前走鎌倉記念の辛勝がふっと頭に浮かんだ。
「これはまずいかも…」
つぶやく匠に
「大丈夫です、きっとアーサーなら…」
隣で小さく結衣がつぶやいた。
―さあ先行争いはアーサーとホワイトタイガーが競り合いますが、スタンド前に入ってアーサーをなだめるように鮫浜が下げたぞ!ホワイトタイガーが先手を取ってアーサーが2番手に続いていく!そこから2馬身ほど差を開いて中央のビクトリーロードが行くー!―
ドドドドドッ!
スタンド前を砂塵を蹴り上げて流れるように各馬が駆けていく。
先行争いはアーサーが引き、ホワイトタイガーがハナへと立った。
それを見送るファンも応援する馬に大きな声援を投じる。
「いいぞー!沖、そうやって溜めて行けー!前は相当に飛ばして行ったぞー!」
「もう一周、目の前に来る時は、お前が先頭に立ってるからなー!」
二人組がそう声をかけている。
「(そういえば確か父さん、アーサーが飛ばし過ぎたらだめって言ったな。今は2番手まで下げているけど、この位置取りなら大丈夫なのか…?)」
匠は善男に馬券を頼まれたときのことがふと思い浮かんだ。
そうして少しだけ位置を下げての競馬が良いようにも感じられた。
―ああっと、それから8番手の外、ノースペガサスと沖は中団だ!やや速い流れを察知しながら、後ろ過ぎない位置で溜めているぞー!―
前回鎌倉記念の際には鮫浜を追い詰めた沖だったが、届かなかった分を埋めるためにやや前に付けて競馬をしていた。
「そうそう、そうやって少し前目で溜めて行けば最後は差し切れるぞー!」
「ホワイトタイガーもこれじゃバテるし、ひっくり返るから大丈夫だー!」
二人組の目の前を颯爽とノースペガサスが疾走していく。
匠は緊張のあまり過ぎ行くアーサーに声援もかけられずに、ライバルたちの位置取りを見ながら胸が締め付けられるのを感じた。
「匠さん…」
押し黙った匠を心配してチラと結衣がうかがうのが見えたが、レースに釘付けになった匠は言葉も出ずに前を見つめていた。
―さあ、序盤の先行争いではホワイトタイガーが抜け出しました!アーサーはこれを見ながら背後をがっちりキープしながらの2番手!それから2馬身ほど間が開き、ビクトリーロードが続いているぞ!中央の玉城、得意のダートでどのような仕掛けを見せてくれるかー!―
隊列はホワイトタイガーが出て一旦は落ち着いたようだったが、良く見ると各馬が位置を取ろうとあちこちに動いているのが分かる。
「(走りやすい位置があるんだろうな…)」
匠はそれを見て頷いていた。
―さあ、先頭はホワイトタイガーと的山が2馬身抜け出しました!アーサーは変わらず背後2番手、鮫浜ががっちりキープしている!これを見ながら3~4番手イン、中央のビクトリーロードが行く!隊列はまだ動いてはいません、人気の一角ノースペガサスも8番手外を回して行きます!―
スタンドの前を過ぎてコーナーをカーブしていく実況を聞きつつ、アーサーの位置は敵に囲まれた戦場のようと匠は思った。
「(アーサー、大丈夫なのか。2番手の競馬なんて経験がないけど…)」
だが決して手応えは悪くなく、鮫浜にも余裕が感じられる。
折り合いがついて2番手からでも抜け出せるような手応えに見えた。
―いよいよここから向こう正面の勝負所へと入っていきます!さあ、ホワイトタイガーは前走のハイライト記念でも逃げ切ったぞ!的山のがっちりインを突いてのロスの無い立ち回りが炸裂だー!―
「いいぞ的山―!ひよっこどもに年季の違いを見せつけてやれー!」
「鮫浜―!お前だってベテランだ、落ち着いていつも通りに頼むぜー!」
ホワイトタイガーとアーサーへ向けどこからともなく声援がかかる。
「(良かった、おれたち以外の人も、こうしてアーサーを応援してる…)」
これには匠も頼もしかったが
―ああーっと、ここで動いていったぞ、玉城とビクトリーロード上昇!一気にアーサーを捉えに出たか、グングンその差が縮まって行くぞー!―
実況アナの声を聞き一瞬、血の気が引く感覚に襲われた。
「(あ…まずい。なんだか呑まれちゃいそう…)」
匠は小さく身をすくめていた。
ビクトリーロードを駆った玉城がアーサーの背後から前へ迫る。
余裕を持っていた鮫浜の手が焦ったように動くのが分かった。
「(まずい、全然並ぶ気配もない)」
アーサーは並ぶ間もなく抜かれて匠はいよいよ息をのんでいた。
―さあ、ここで中央からの刺客だ、ビクトリーロード動いて行ったぞ!前走東京の左回りはレコード勝ちを決めた良血馬だ!速い流れは既に経験済み、アーサーをあっさりと出し抜いたぞー!―
アーサーに乗る鮫浜もしごいて何とか離されまいとしているが、中々差が詰まる手応えもなく、前2頭からは間を置かれた。
「(アーサー…このまま終わっちゃうのかな…)」
アーサーを尻目に抜け出している前2頭が激しく競り合うなか、アーサーは間を詰められぬまま必死に3番手でもがいている。
匠の心配をよそにレースは無情にも終盤へと差し掛かり、アーサーはその差が詰まらないまま3コーナーを苦しく駆けていた―
次回予告
ホワイトタイガー、ビクトリーロード、前で抜け出す2頭に離されて、苦しんでいるアーサーを目がけて強襲してくるノースペガサス。
諦めかけた匠の隣では、つぶやく結衣の声が聞こえてきて―
はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり