競馬小説「アーサーの奇跡」第17話 休憩時間

前回までのあらすじ

 

今まで幻のように見ていた結衣との再会を果たした匠。

一人残された部屋でブロアーを手に持ったまま立ち尽くすのでした。

競馬小説「アーサーの奇跡」第16話 七五三

競馬小説「アーサーの奇跡」第17話

第17話 休憩時間

 

撮影は順調に進んでいた。

三組目の家族が楽しそうに受付で案内を終えてくると、匠の待つ2階へと階段を上ってくる音がギシギシとする。

いつも聞き慣れた音ではあったが、その先頭に結衣がいるだけでも、匠にとっては何か特別な音のように耳に伝わっていた。

 

「お、次のお客さんがいらしたな」

階段を上るきしみで善男が次の撮影に気を引き締めると、匠は扉が開くのを待って、すっと視線を馳せているのだった。

 

「1時ご予約の中村様です」

扉を開けて家族を先に入れ、部屋を出ようとする結衣に向かって

「おねーちゃん、ありがとー!」

と言ったのは撮影に来た女の子であった。

 

「こちらこそ」

結衣の返した笑みについ見とれていた匠であったが

「よろしくお願いします」

と善男が挨拶する声で我に返った。

 

慌てて無言で一礼をすると準備に取り掛かる匠だったが、レフ板を持ってじっとしていると

「おい匠、そのレフ板はそこで取り敢えず固定しておいとくれや。そんでお前は結衣ちゃんと一緒にお昼ご飯休憩に入っとけ。次の撮影は2時半からだし、1時間したらまた戻ってきな」

善男が告げると目を丸くしつつ

「え、おれも一緒?」

と匠が言った。

 

「すまんがここしかタイミングがない。結衣ちゃんの案内係も要るし、取り敢えず二人とも入ってくれ。結衣ちゃんもちょっとすまないんだけど…」

善男が結衣にも断りを入れた。

「はい」

と結衣は答えてすぐそばの女の子に軽く手を振っている。

 

そんな結衣を見て

「じゃ、いきましょう…」

と一言つぶやいた匠だったが

「はい」

と振り返る結衣を見られず、そそくさと階下へと降りて行った。

 

「(ええっと、何を言えばいいのやら)」

匠は休憩のことを思った。

階下に降りると時計を見ながら匠がさっそく結衣に切り出した。

 

「ええと…今、一時ちょうどですが、一時間後にここに来てください」

「はい」

と答えた結衣に続けざま

「それからトイレは奥の扉から、入ってすぐ右手にありますので。スイッチは扉の右にあります。それから休憩スペースがなくて、奥の居間になってしまうんですが…。お弁当などは持ってきましたか?」

匠は変な感じにならぬよう、注意をしながら説明をしたが、自分でも分かるくらいに少々表情がこわばったのを感じた。

 

「お手洗いのことはお父様から、さっきお話しをいただきました。お昼ごはんは持っていないですが、近くにパン屋さんがありますよね。外出をしてもよろしいでしょうか」

結衣も少なからず影響を受け、少々かしこまったようだったが、その口調はしっかりとしながらも、穏やかな雰囲気をたたえていた。

そのため

「はい、外出してください。出て左に100m真っすぐ、ブランて名前のパン屋があります。一応近所じゃ有名な店で…。向かいに公園もあるんですけど、そこで休憩しても良いかもです。買って帰ってくるんなら今度は、僕の方が外出をしますから」

匠もはっきり答えを返せた。

 

それを聞いた結衣は

「悪いですから、わたしは公園でも構いません。今日はすごくきれいに晴れているし…公園で食べるのも好きですから」

変わらない口調で返答をした。

 

「そんな、こちらこそ悪い気がします…。休憩が一緒とは思わなくて。父さんもいきなり言うもんだから、逆に気を遣ってもらったりして」

申し訳なさそうに言う匠に

「あの、匠さんはお昼休みに、何かご用意されているでしょうか。もしご必要なものがあるのなら、おっしゃっていただければ買いますが…」

「いえ、そんな結衣さんに悪いです。用意は特にないのはそうですが…」

結衣の言葉に答えると匠は自分の言葉に耳を赤くした。

 

「(やば!いま“結衣さん”なんていきなり、下の名前でおれ呼んじゃったよね?父さんが“結衣ちゃん”とか呼ぶからだ…どうしよう、口から出ちゃったじゃんよ)」

匠はまたすぐ硬くなっていた。

 

そんな匠に

「良ければ、ご一緒に…」

結衣が尋ねるようにそう話すと、驚いた匠は真っ白になり

「え…あ、はい…」

と答えを返した。

 

無意識に漏れた自分の言葉に自分自身で目を丸くしながら

「(あれ、なんでこうなっちゃったんだろ?)」

匠はきょとんと立ち尽くしていた。

 

そんな匠の言葉を聞き取って

「良かった、嫌かもしれないなって、言ってから思っちゃったんです」

結衣が微笑みながらそう答えた。

 

そんな結衣を見て耳が赤くなり、自分でもすぐにそれに気がつくと、心臓の鼓動が抑えきれずに無言になってしまう匠だった。

 

次回予告

 

善男の言葉から休み時間を一緒に過ごすことになった二人。

考えもなしにブランを選んだことを後悔する匠でしたが…

 

次回は競馬小説「アーサーの奇跡」第18話 ブランにて

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第16話 七五三

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

 

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