競馬小説「アーサーの奇跡」第4話 写真判定

前回までのあらすじ

 

ついにデビューを迎えたアーサー。

凄まじい加速力を見せますが…

競馬小説「アーサーの奇跡」第3話 デビュー戦

競馬小説「アーサーの奇跡」第4話

第4話 写真判定

 

結果は写真判定になった。

 

「これは長くなりそうだな…」

善男がつぶやく。

 

そんな善男に匠が

「父さん、当たった?」

と問いかける。

 

「さあどうかな?」

ととぼける善男に

「まだ何買ったか言ってくれないの?」

と匠があきれて返した。

 

「匠、いいか、よく聞け。スペシャルデイズとグラスワインが有馬記念で大接戦を演じたときのことだ。天才・滝沢駿(たきざわしゅん)ほどの騎手が、スペシャルデイズが差したと思ってゴール後すぐにウイニングランした。だが勝っていたのはグラスの方で、着差は僅か4cm差だった。肉眼では捉え切れないことも、写真でなら判定可能だ。それを待たずにぬか喜びしたら、落胆も大きいだろう?」

善男がこうした話をするのはこれまでもあったような気がしたが、ようやく匠も実感をもって頷けるような話に聞こえた。

「うん。それはもう分かったんだけどさ、そろそろ何買ったのか教えてよ。父さんはおれが何買ってるのか、最初から分かってるんだから。おれだけ一人でヤキモキしてるの、なんか恥ずかしいよ。」

「何が恥ずかしいことがあるんだ。お前は今日初めて馬券を買い、まさに今、競馬の醍醐味を堪能しているところじゃないか。それに必死に追った鮫浜も、粘りに粘った山本も、あの二頭の厩務員(きゅうむいん)や馬主に生産者も怒声のおじさんも、今お前と同じようにヤキモキしながら結果を待っているはずだ。こんな風に知らない人たちともスリリングな運命を共にする。こんな経験をできるものなんて、競馬以外にはそうそうないぞ?」

善男がますます得意気になって匠に熱っぽく語りかけるが

「でもやっぱり何買ったか気になる。ごまかしてばっかでさ。」

と匠はふてくされた。

 

判定を待つ時間は長かった。

10分ほど経った辺りだろうか。

緊張の切れかけた匠の目に、ついに着順の表示が映った。

 

「あ!」

 

匠は思わず声を上げた。

着順掲示板に表示された最初の数字は「1」だった。

 

「父さん、“1”だ!アーサーだ、アーサーが勝ったんだ!」

喜ぶ匠に

「待て匠。アーサーは勝ってるが、まだ同着も考えられる。そしたら配当は半減だ。」

善男がすかさずそう返した。

 

「え?同着?そんなこともあるんだ…」

再び匠は困惑した。

「山本~!同着で良い、持たせていてくれ~!」

先のパドックのおじさんの声が、怒声から悲鳴へと変わっている。

 

そしてついに着差が示されると

スタンドの明暗もはっきりした。

 

「父さん!」

匠が明るい声で振り向くと

「おう、やったな匠!」

と満足そうな表情で善男が応えた。

 

着順掲示板に表示された二頭の着差は「ハナ」だった。

 

「山本ォ~、なんでだよお~!」

おじさんが力なく声を上げる。

匠はそれに同情をしつつも、喜びが込み上げるのを感じた。

すると善男が

「匠、今日はお祝いだ!なんでも好きなもん、食わしてやる!」

と匠の背中を満面の笑みでバシバシと勢いよく叩いた。

 

「もしかして父さんもアーサーから?」

匠が善男に向き直ると

「ああそうだ。実は十中八九、カーテンアップで行けると思った。そこにお前が突然やって来て、アーサーを買いたいと言い出した。素人の言葉だからといって、侮っちゃいけない。どんなときもそういう侮りから馬券は穴が開くもんだ。写真判定には肝が冷えたが、お前のおかげで競馬観戦が実に楽しいものになった。ありがとな、匠!」

ようやく善男が馬券を明かした。

 

「でも父さん。アーサーを買ったなら、一緒に応援すれば良かったのに」

匠が言うと

「そうだな。でも喋っちまうとな、なんとなく当たらなくなる気がして、どうも性に合わん。それでも息子と同じ馬を買うのは、これはまったく悪くなかったな。」

と満足そうに笑った。

 

匠にはまだ買い目の意味すらも、はっきりとは分からなかったが

善男の買っていた「馬単」がそれなりの金額になるのは分かった。

 

「ねえ父さん。いつも馬券買うとき、一万円なんて使ってるの?」

匠が訊くと

「まさか。このまえお前に成人のお祝いをやったばかりだったろ?あれで父さん、しばらく自分の小遣いを減らして買っていたんだ。匠がらみの馬券でもあるから、もしかして当たるかもと思ってな!」

普段から明るい善男だったが、このときは輪をかけて明るかった。

 

「でもさ、もしアーサーが負けてたら、なんかそれ、おれのせいみたいじゃんか…。」

匠が善男につぶやくと

「何を言う、父さんはいつだって、息子のせいにしたりなどしないぞ!」

と、匠の肩を叩いた。

 

「うそくさ~」

と善男を見た匠も、言われた善男も笑顔だった。

 

次回予告

 

アーサーの初勝利を見届けて、佐賀競馬場をあとにする二人。

父子水入らずの会話になって…

 

*次回は8月4日(水)更新予定です

次回は競馬小説「アーサーの奇跡」第5話 散策

前回は:競馬小説「アーサーの奇跡」第3話 デビュー戦

はじまりは:競馬小説「アーサーの奇跡」第1話 夏のひかり

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