オルフェーヴルの奇跡の裏で

こんにちは、はしくれです。

今日は「運命」についての後編、

「運命の力」についてお話したいと思います。

 

この話は5年前

当時日本の最強馬だったオルフェーヴル(馬番12)

が残してくれた、「運命」の物語です。

まずはこの画像をご覧下さい・・・。

このレースは競馬ファンの間では語り草になっている、

オルフェーブルの伝説的な一戦です。

通常、このようなレースをした馬が

再びレースに戻る事はまずありません。

それが再びレースに戻り、追い込んでくるという光景は

余程の実力馬だからこそ有り得た光景です。

 

ですが、今日はしくれがお伝えしたいのは

このオルフェーヴルの奇跡では有りません。

ここでお伝えしたいのは、このレースの勝ち馬

ギュスターヴクライ

の方なのです。

 

皆さんは、上の動画を見てどんな印象を受けたでしょう。

当時のはしくれがそうだったのですが、

オルフェーヴルの特異な強さばかりが際立って

勝ち馬に目が行かなかったのではないですか?

 

それは自然な事であり

事実この後もオルフェーヴルは無敵の強さを誇りました。

ですが、当のギュスターヴクライはと言うと・・・。

この後一度も勝つことなく、怪我を発症。

引退を余儀無くされます。

・・・見ての通り、この日は曇天でした。

馬場も少し、渋っていました。

渋った馬場で、一度も馬券圏外に飛んだことが無いギュスターヴクライにとって、

走り易い馬場だった事は確かです。

でも、一番の要因は「仕上がっていた」

これに尽きます。

 

実ははしくれはこの日

馬券を外しました。

なぜなら、ギュスターヴクライを買わなかったから。

今でははっきり分かるのですが、

この日最も仕上がっていたのは

間違いなくギュスターヴクライでした。

それを思い知るのは、このレースのすぐ後の事です。

 

実は、はしくれには相馬眼の師匠が居ます。

それは妻です。

5年経った今でもはっきり覚えているのは、

この時妻は、オルフェーヴルには一切目もくれなかった事です。

自信を持ってギュスターヴクライの単勝を買っていました。

単に好配等を狙うとか、そういう次元じゃないのです。

はしくれは何度となく疑惑の視線を投げかけましたが、

見ての通り、軍配は彼女に上がりました。

その彼女がレース前、言っていたのです。

「この馬、最高に仕上がってる」と。

 

根拠として、この証言が弱い事は承知しています。

ですが、事実勝ったのはギュスターヴクライなのです。

少し相馬眼がある方ならお分かり頂けると思いますが、

もう一度このギュスターヴクライのリンクを見て下さい。

写真には、まさにこの日のギュスターヴクライの写真が使われています。

どうです?きれいでしょう?

この仕上げこそ、一つの最高の仕上げの雛形でもあるのです。

特にツヤ

これは余程状態の良い馬にしか、出ないようなフワフワのツヤです。

ぜひ、今後の参考にして下さい。

この日、

オルフェーヴルが勝つ事に期待する人は大勢いました。

また、オルフェーヴルの負け方を語り草にする人も大勢いました。

でも、勝ったギュスターヴクライを正しく評価できた人は殆ど居ないと思います。

そして、ギュスターヴクライの名前も、

オルフェーヴルの影に消されて、忘れられようとしています。

 

でも、決してこの馬は運だけで勝ったのでは有りません。

仕上がっていたからこそ、運命が見方したのです。

それが、雨をもたらし、最強馬を退け、ゴールへの道を開いた。

そういう運命を引き寄せたのだと、はしくれは信じています。

運命が見方すると、これほどまでに強力に

その馬を勝たせようとします。

これが運命の力であり、同時に利益をもたらす事も

最後にお伝えしたいと思います。

 

運命を信じますか

こんにちは、はしくれです。

今日のタイトルは占いのブログみたいですが、
これはれっきとした競馬ブログです。

 

皆さんは、「運命」という言葉に
どのような感想をお持ちでしょうか。

抗えないもの?
立ち向かうもの?
変えていくもの?

そんなものは無い!

と思う方もいらっしゃると思います。

でも、はしくれは
「運命」を信じています。

では、はしくれが「運命」をどう捉えているかというと、

「変えられないもの」

です。

運命と書いて「さだめ」と読む場合がありますが、
これがはしくれの観念には一番近いと思います。

 

こういう宗教的な話題は、
本来押し付けになりやすく
はしくれの好きな分野ではありません。

そして皆さんの解釈が、
はしくれと同じである必要も全くないと思っています。

ですが、敢えてお話させて頂きたいのは
競馬の収支改善という視点から見ると
この運命論は、非常に有効であると
はしくれ自身が思ったからに他なりません。

それでは、その意図をご説明したいと思います。

運が無かった・・・。

この言葉に代表されるように、
結果が伴わなかった敗戦は、
しばしば運のせいにされる事があります。

でもこれは言い換えれば
勝者の側を「運が良いから勝てた」
と言っているのと同義です。

この時に言われる「運」とは、
おもに天運を指す事が多く、
実際には実力が勝っていても
その事を軽視した発言として放たれる事が多いです。

かくいうはしくれも
馬を見る目「相馬眼」
がまだ拙かった頃、
何度この言葉を口にしてきたか分かりません。

自分の買った馬の方が仕上がっていた

自分の馬には不利が有った

いつもこんな事を言っていました。

ですが、
この「運命」の見方が変わったおかげで、
はしくれはようやく、
すんなりと結果を受け入れられるようになりました。

その見方とは・・・。

一番仕上がりが良かった馬にだけ、運命が見方する

という考え方です。

 

この考え方に徹するようになってから、
はしくれの相馬眼は飛躍的に向上しました。

一番仕上がりが良かった馬にだけ、運命が見方する

これはつまり、逆転の発想です。

運が良かったから勝てたのではなく、
仕上げてきたから運命が味方した。

こう考えれば、
自分の買った馬が来なかったときは
仕上がっていなかったんだな
と諦めがつくし

逆に的中できた時には
仕上がりを見抜けていたようだ
自信に変える事ができます。

また、この見方が出来る様になると、
自分が今まで好きではなかったタイプの馬や、
苦手だったタイプの馬が、
嫌いでも苦手でもなくなります。

なぜなら、そういう記憶に残る馬は、
結果から学びやすいからです。
もしそのタイプが勝つ事が多いなら、
次から狙えばいいわけですから。

もちろん、百発百中とは行きませんが、
結果から学ぶ姿勢に変える事で、
大きな成果が生まれます。
特に、穴馬を当てる確率が上がります。

これは最初不思議でしたが、
考えてみると当たり前の事だと気付きます。

なぜなら、
そもそも穴馬とは、運が良いからです。
なぜかというと、

実力が無いと見なされてハンデが軽かったり
実力が無いと見なされてマークが薄かったり
人気馬が背負うはずのプレッシャーが無かったり

と、非常にレースがしやすいからです。

もし穴馬が最初から
これだけの恩恵を受けていると知っていれば
仕上がりが良かった時点で
来ないほうが不自然だと思いませんか?

そして、そういう馬は大抵
どんな不利が有っても来るし、
そもそも不利を受けにくいものなのです。

他馬の不利が有利に働くパターンさえも有ります。

それくらい、仕上がっている馬は
何が有っても来ます。

だから、来ないという事は
仕上がっていなかった
ただそれだけの事なのです。

それを運のせいにして腐るより、
仕上がりの良い馬を見抜きましょう。

そうすれば、
今度はあなたに
運が見方するようになります。

 

次回は、実際に運が味方した例
についてお話したいと思います。